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薬物依存症患者と接するなかで学んだ、二つの大事なこと

フィリピン支援プロジェクトの現場から

昨年6月、フィリピン大統領に就任したドゥテルテ氏。大々的に「薬物戦争」を宣言し、世界最悪の薬物汚染状況をどうにかしようと取り組み始めた。しかし、薬物に関わる人物の殺害も辞さない強行的な姿勢が世界的に批判されている。支援プロジェクトの当事者として、現状と未来を見通してみたい。

(前編はこちら「フィリピン『深刻すぎる薬物戦争』は、日本が蒔いた種が原因だった」)

短期間で160万人が出頭

昨年10月、ドゥテルテ大統領は日本を訪問し、安倍首相と首脳会談を行った。

その中で、日本側は、港湾や鉄道整備などのインフラ整備に加えて、薬物対策への支援を申し出た。支援の規模としては、インフラ支援のほうがはるかに大きいにもかかわらず、大統領はじめフィリピン側政府に大歓迎されたのが、薬物対策への支援であった。

しかし、この支援が非常にセンシティブなものであることは言うまでもない。この時期はドゥテルテ大統領の「薬物戦争」と「超法規的殺害」などに対して、既に世界中からの非難が渦巻いていた最中である。

例えば、国連人権高等弁務官事務所が「国家は国民の生命を保障する法的義務がある」と批判したが、それに対しドゥテルテ大統領は「国連のクソ野郎」と罵倒し、国連からの脱退も示唆するなど、過激さをますます強めていた。

このような中でフィリピンの薬物問題に支援するとなると、日本がドゥテルテ大統領の「薬物戦争」「超法規的殺害」に賛同し、それを後押ししているととらえられかねない。

しかし、日本側が申し出たのは、薬物使用者の治療や更生に対する支援であり、それによって蛮行をやめさせようとする意図があるのは明らかである。

フィリピンが国際的に孤立するなかで、このまま国際社会からの非難が集中すれば、ますます頑なになったドゥテルテ大統領はさらなる強硬措置に出るかもしれない。

また、ドゥテルテ大統領の薬物政策のなかで、強硬な側面ばかりが強調されるが、実は薬物使用者の治療やリハビリにも重点を置いており、自首をすれば逮捕はせずに治療や教育を提供するという施策も併せて行っている。

その結果、「超法規的殺害」を恐れて、短期間で何と160万人に及ぶ人々が警察に出頭したと言われており、彼らへの治療やリハビリが今後、きわめて重要なテーマになってくるわけである。

 

支援プロジェクトの始動

安倍・ドゥテルテ会談を受けて、首相官邸のリーダシップの下、外務省、国際協力機構(JICA)が支援策の具体化に動き始めた。

フィリピンへの支援は、上に述べたような人道的な面からの意味合いは大きいが、ただそれだけではない。このとき、同時に中国も薬物問題への支援を名乗り出て、急ピッチでのプロジェクトが展開され始めていた。

例えば、中国の篤志家が日本円で数十億円という巨額を投資し、なんと1万人を収容できる巨大薬物使用者使用施設の建設を始め、昨年の11月に収容を開始した。その開所式には大統領自らが出席し、テープカットを行った。今後同様の施設をあと3ヵ所建設する予定だという。

おそらく、中国には薬物依存の治療についてのノウハウはなく、「閉じ込めておけばよい」という考え方なのだろう。

しかし、1万人もの薬物使用者を突貫工事で建設した施設にただ閉じ込めておくというのは、人権上も大きな問題があると言わざるを得ない。

しかも、160万人もの薬物使用者を片っ端から閉じ込めておくなど、どう考えても不可能である。

一方、日本の支援は、治療プログラムの開発や更生に向けてのヒューマン・サービスの提供を目指すものであり、そもそものフィロソフィーが根本的に違う。

ドゥテルテ大統領は、したたかに日中両国それぞれに働きかけて、両者の援助合戦を上手に利用しているところがある。

言うまでもなく、尖閣諸島などでの領土問題を抱える日中両国にとって、同様に中国と南沙諸島を巡る問題を抱えるフィリピンは地政学上重要な位置を占める。ドゥテルテ大統領はそのことは百も承知の上である。

支援計画が動き出してから、私は薬物問題の専門家として、プロジェクトにかかわることとなった。

言うまでもなく、JICAと言えば、国際的にきわめて高い評価を得ている援助機関であるが、これまで薬物問題を取り扱ったことはなく、当初は何をすればよいのか、おそらく雲をつかむような話だったのではないかと思われる。

しかし、これは何もJICAに限ったことではない。当の官邸も外務省も同様だ。