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日本には「教育無償化」が本当に必要なのか? 徹底図解で考える

「勘と経験」で政策を決める危うさ

わが国では現在、大学教育と幼児教育の無償化に向けて議論が行われている。しかし、現在の厳しい財政状況下で、そもそも政府は教育に支出をすべきなのだろうか? そして、支出をすべきだとして、それは教育の無償化なのだろうか?

本稿では、①なぜ政府が教育に支出をすべきなのか、②そしてどのような教育支出をすべきなのか、③それに対して日本の教育状況はどうなのか、④幼児教育と大学教育の無償化に乗り出すべきなのか、について論じたい。

 

大学教育は文字通り「人への投資」

そもそもなぜ政府は教育支出を行わなければならないのであろうか? この問いには、人権と経済の二つのアプローチから答えを出すことが出来る。

人権アプローチからこの問いに答えると、質の高い基礎教育を受けられ、能力に応じた高等教育を受けられることは人権であるため、子供がその権利を行使できることに対して、その義務を負う者である保護者と政府はその権利が行使できる状況を実現する義務がある。この義務を履行するために政府は教育支出を行うと考えることが出来る。

経済アプローチ(人的資本論)から見ると、教育を受けることで個人は所得向上及び支出削減が見込める(私的収益)。

この個々人の私的収益が足し合されると、税収増・公支出削減につながるため、政府はそれに見合っただけの支出を行い、個人が教育を受けられる環境を整備するのが得策となる(社会的収益)。

さらに、詳しくは後述するが個々人に完全に教育投資を任せてしまうと社会的に望ましい教育水準よりも低い教育投資水準になりがちであるため、政府による介入が必要となる(外部性)。

人権アプローチと経済アプローチは、教育政策を考える上でどちらかが大事なのではなく、この両輪を回して教育システムを発展させていくことが重要となる。

しかし、日本の教育議論では、「教育の価値は金銭なんかでは計れない」という美辞麗句の下、経済アプローチが無視され、効果も効率も怪しい教育政策を実施しがちな伝統がある。そのため、本稿は経済アプローチに基づいて議論を進めて行くことにする。

もう少し人的資本論の話を具体的にするために日本の大学教育を例としよう。

文部科学省・私立大学等の平成26年度入学者に係る学生納付金等調査結果を参考に国立私立理系文系の全ての平均を取ると、日本の大学生は初年度納付金を含めて4年間で約400万円を大学に納めている計算になる(直接コスト)。

しかし、大学教育を受けるコストは授業料だけではない。なぜなら、大学に行かずに働いていれば得られたであろう賃金を放棄してまで教育を受けているからである(間接コスト)。

厚生労働省・平成27年度賃金構造基本統計調査を参考にすると、男性高卒労働者が最初の4年間で得られる賃金の平均は約1000万円になる。しかし、22歳から59歳の間で男性大卒労働者は平均して高卒労働者よりも約5200万円多く稼いでいる。

つまり、日本の大学教育は平均すると1400万円の投資を行い、5200万円のリターンを得る投資であると言える。しかし、賃金の上昇のように教育を受けるメリットが教育を受ける個人にしかないのであれば、政府が公教育支出を行うことは正当化できない。