東条英機〔PHOTO〕gettyimages
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空前絶後の「奇書」から知る、あの軍人の意外な評価と素顔

山本五十六は「賭場荒らし」だった⁉

日中戦争さなかの1939年に刊行された『軍人わしが国さ』をご存知だろうか。人物評論家の伊藤金次郎が、日本陸海軍の軍人約2000名を論評した、空前絶後の著作である。

東条英機にせよ、山本五十六にせよ、日中・太平洋戦争期の軍人の評価は今日おおよそ定まっている。だが、戦争当時のかれらの評判はかならずしも明らかではない。

そこで『軍人わしが国さ』をひもとくと、意外なことがわかる。いまでは悪名高い軍人が絶賛されていたり、その逆もあったり、あるいはまったく違いがなかったりする。

戦時下ゆえに書きにくい面もあっただろうが、それを割引いても、めっぽう面白い著作である。

 

東条英機は「電気仕掛けみたいな人物」

試みに、東条英機についてみてみよう。

いうまでもなく、東条は、太平洋戦争開戦時の首相・陸相である。戦後A級戦犯として処刑されたことなどもあって、現在では戦時下の諸悪の根源であるかのような見方さえある。

だが、1939年時点の東条は、陸軍次官や陸軍航空総監などを歴任したといっても、まだ陸軍幹部のひとりにすぎなかった。そのため、伊藤はまず東条を事務家として評価する。

「頭脳は明晰、神経また尖鋭、事務的才腕にもめぐまれている」

その事務能力の高さは、典型的な官僚型軍人といわれる梅津美治郎(最後の参謀総長)とも比較された。

ただし、東条は梅津ほど没個性で慎重居士だったわけではなかった。伊藤はまた、「圭角稜々、奇鋒また峻烈」との東条の性格のキツさも鋭く指摘する。

「圭角」とは、性格や言動に角があって、円満ではないことをいう。「稜々」もまた角が立つという意味だ。さらに「奇鋒また峻烈」と付け加え、まるで針の山である。

それゆえ東条の人物評は、仕事は早く厳格だが、融通に欠け、周囲とも衝突しがち……とならざるをえない。

「あまりにテキパキとすることは、公私生活において利害得失、往々、衝突せざるを得ぬ」

「だれかが、英機を評して、電気仕掛けみたいな人物といったが、若干そんな感じがせぬでもない」

伊藤のことばではないが、いわゆる「カミソリ東条」との異名はこの性質に由来する。

もっとも、伊藤は欠点ばかりをあげているのではない。東条は、明治の武人のごとき「大もの」的風格や鷹揚さに欠けるが、近代官僚組織にはマッチした「秀才型」であると評価するのである。

ひとことでいえば、「性格はキツいが、優秀な官僚タイプ」といったところか。大きな戦争もなければ、東条は治世の能臣として活躍し、今日のごとき汚名を被らなかったかもしれない。