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<ネット右翼十五年史>なぜ、彼らは差別的言説を垂れ流すのか

日本の「空気」を作る人々の研究
古谷 経衡 プロフィール

こういった現象は、櫻井氏だけに見られるものではない。我が国に於ける「保守系言論人や文化人」とネット右翼の間には、程度の大小はあれど、それぞれ全く同じような関係性が築かれている。

ネット右翼とは、彼ら言論人・文化人がネット動画チャンネルやSNS、ブログ、テレビ番組で喋った内容のYouTubeへの転載動画(これらは厳密には違法なのだが)を視聴して、彼らの時に頓狂で、時に粗雑な理屈に「寄生」する存在である、とした方がより理解が深まるであろう。

 

ネット右翼は、彼ら自身が何か独自の理論体系や言葉を持っているわけではない。彼らの知識体系はいわば虫食い状態であり、また基礎的な史学、社会科学の素養もないので、彼らのより上位に存在する保守系言論人や文化人の言説を「受け売り」するという特性を常に持っている。これを私は、あえて「寄生」と呼んでいるが、ネット右翼の大部分は、まさにこの「寄生」という言葉に相応しい状況を呈している。

保守系言論人Aが右といえば右、左といえば左と受け売りする。ネット動画やSNSを中心に、数多の保守系言論人や文化人が生まれては消え、現在その数はとても数え切れないほどに達しているが、とどのつまりネット右翼とは、その中の一人ないし複数に対する「熱心なファン」に過ぎず、数多保守系言論人や文化人を宿主として、彼らの言説に寄生しているにすぎない。

彼らが「自分の意見」として開陳するもののほとんどすべては、その源流を辿れば「保守系言論人の理屈」に行き着く。ネット右翼とは、「感情論」としての嫌韓(嫌在日コリアン)・反中、及び既存のマスコミへの呪詛が辛うじて一本の支柱として存在するものの、それ以外——いやむしろ、それを含めて——自前の理論や理屈、言葉を持たぬ人々のことを指すのである。彼らは自前の理論や理屈を持たないからこそ、保守系言論人や文化人に「寄生」するしかないのだ。

寄生される側の「メリット」

一方、寄生される側の宿主、つまり保守系言論人や文化人は、理論と言葉を持たない烏合の衆、つまりはネット右翼に寄生されることにより、物心両面で大きなメリットを得ることができる。それは第一には「自著の売り上げ」や「動画の再生」といった商業的・金銭的成果であり、第二にはブログやSNSに対する好意的反応であり、第三には前述二つによって得られる自己肯定感と、それに伴う自尊心の充足、そして「承認」の快感である。

これを私は、保守系言論人や文化人とネット右翼の「共依存関係」と捉えてきた。宿主は、寄生者が如何にも好みそうな単純明快な陰謀論やトンデモ論をばら撒く。一方、それを受容する寄生者たちは、自らに都合の良いように宿主の言説を解釈し、それをネット空間のみならず実生活でも流布するようになる。

実際、一部の事例を除いて、保守系言論人や文化人の著作や言説の中に、直接的で深刻な差別的記述は「そこまで」頻繁には登場しない。書籍のタイトルや目次が煽情的なことや、内容がトンデモ・陰謀論に偏重していることはままあるが、まだ辛うじて「言論」と呼ぶに耐えうるレベルであることが少なくないのだ。