医療・健康・食

小池都知事がついにストップをかけた「広尾病院移転問題」の内幕

総予算900億円。一体なんだったのか

結局騒動は何だったのか

東京都が、舛添要一・前都知事時代に決めていた都立広尾病院の移転が、白紙撤回された。広尾病院を青山に移転、機能を強化して「首都災害医療センター」とする構想は、都の基本構想専門委員会で話し合われてきたが、24日、同委員会は「現地建て替えが望ましい」とする意見書をまとめた。

青山移転にストップをかけたのは小池百合子都知事である。小池氏は、「舛添都知事のレガシー(遺産)にする」と、都が強引に進めてきた広尾病院の移転に見直しをかけた。「第二の豊洲」と、言われたゆえんである。ただ、広尾病院移転には「土壌汚染」や「移転反対の仲卸業者」などの抵抗勢力がなかった。

だから、豊洲では「築地は守る、豊洲は活かす」というキャッチフレーズで玉虫色の決着にし、「決断しない都知事」らしさを見せつけた小池氏だが、広尾病院ではそんな配慮は必要なかった。従って、都の官僚はその意向を忖度した。

では、この間、2年以上に及ぶドタバタ劇は、いったい何だったのか――。

渦中にいて、「移転必要なし」を提言したために、“無体”な処分を受けて左遷された佐々木勝・広尾病院前院長(現・東京都保健医療公社副理事長)からすれば、「呆れて物も言えない」と、いったところではないか。

 

「確かに、結果として私の言った通りになりました。現地で建て替え、病床を減らし、災害への対応を強化することで、首都災害医療センターとしての機能は果たせるんです。無駄な出費を伴う移転の必要はなかった。ただ、移転は決定事項でした。舛添さんが了承している以上、役人はその顔色をうかがって仕事するしかなかった」(佐々木氏)

筆者の取材に答える佐々木氏

土地代の370億円に建設費や移転費用等を含めると900億円にも達する事業が、「知事の意向」で決まり、役人はそれを忖度しながら舛添時代には粛々と進め、小池時代には遺漏のないように撤退する。

広尾病院が担ってきた基幹災害拠点病院の役割を、「首都災害医療センター」としてどう拡充強化するかを話し合う基本構想検討委員会は、「整備地をどこにするか」を話し合う場ではない。ところが、7月10日、第7回の会合後、委員の間で「付議事項ではないが、整備場所の希望をまとめようではないか」という話になったという。

「そこで、山本(保博)委員長の私案という形で『現地建て替えが望ましい』という意見書が出され、それが審議されて、了承されたということです」(東京都病院経営本部)

手順は踏んでおり、都が誘導したわけではないということだろうが、それまで2ヵ月に1回だった検討委員会が、7月10日の第7回の後、わずか2週間後の7月24日に第8回が開かれ、難問だった移転問題を、「意見書」という形で強引に早期決着させたのは、都の役人の忖度であり“腕力”である。