撮影:西﨑進也
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村上世彰氏がいま世に出て、どうしても訴えたかったこと

娘の「死産」を越えて
旧通産省(現経産省)の官僚から投資ファンド「村上ファンド」の代表へ転じ、2006年にインサイダー取引の疑いで逮捕された村上世彰氏。逮捕以降はシンガポールに拠点を置きながらマスコミに一切登場しなかったが、去る6月21日、自身の半生を描いた『生涯投資家』を文藝春秋社から出版した。
村上氏はコーポレート・ガバナンス(企業統治)改革による日本経済の活性化をライフワークにしてきた。2011年に最高裁での執行猶予付きの有罪判決を受け、一時は事実上の隠居生活に入ったのかと思われていたものの、同書ではガバナンス改革については今も並々ならぬ情熱を持っていることを明らかにしている。

私は日本経済新聞時代も独立後もジャーナリストとして村上氏への取材を重ねてきた。マスコミが「村上バッシング」一色になっているなか、拙著『不思議の国のM&A』などで村上氏のようなアクティビスト(物言う株主)が果たす社会的役割に意識的に光を当ててきた。そんなこともあり、村上氏にはかねて自伝を書くよう促してきたし、同氏からインタビュアーの打診を受けた際には喜んで引き受けた。

村上氏は自伝出版をきっかけにアクティビストとしての活動を本格的に再開するのか。インタビューでは「コーポレート・ガバナンスを根付かせることに自分なりの意地がある」と語るなどアクティビストらしさを見せる一方で、目立ち過ぎに伴う負の側面に言及するなど複雑な心境ものぞかせた
(なお、<>内はインタビュアーである私の補足説明 / 撮影:西﨑進也)

きっかけは強制調査

――こういう形で村上さんを取材するのは本当に久しぶりです。

村上: 2006年6月5日の朝、逮捕直前に牧野さんに電話しましたよね。もう10年以上も前になります。何が起きていたのかフェアに書いてくれたのは牧野さんぐらいでした。

――当時、村上さんを直接取材していた記者は日経社内では私ぐらいでした。でも、逮捕当日はまったく出番がありませんでした。村上さんを取材したこともない記者が書いた記事で翌日の1面が埋まっていました。

村上: 残念でしたね。牧野さんには感謝しています。

<フジテレビジョンに経営改革を迫るなどしていた村上氏は大手メディア経営陣から敵視され、「拝金主義者」「ハゲタカ」のレッテルを貼られていた。系列のテレビ東京株を村上ファンドに取得されていた日経も例外ではなく、編集局内では「村上ファンドの宣伝になるような記事は書かないように」という暗黙の合意ができていた。今風に言えば「忖度」である。

当時、日経に編集委員として在籍していた私は、国内では携帯電話で村上氏を自由に取材できる唯一の記者だった(海外ではニューヨーク駐在の同僚記者が同氏とパイプを持っていた)。実際、誰も知らないネタもいくつか仕入れていた。村上ファンド側を取材するのは至難の業であっただけに、それなりの記事を書く自信はあった。

だが、「村上バッシング」にくみしなかったから社内では煙たがられていたのか、ほとんど何も書けず、逮捕当日にも出番を与えてもらなかった。>

 

――ただ、独立を機に『不思議の国のM&A』を出版し、そこで村上ファンドについて書けなかったことを書きました。改めてお聞きしますが、今回、どうして本を書く気になったのですか。

村上: 2015年11月に証券取引等監視委員会の強制調査を受けたことが大きいですね。最初の1週間は(相場操縦など違法行為があったと決めつけるような)一方的な情報が流されて、その後は強制調査がどうなっているのか何も情報が出てこなくなくなりました。そして今までずっと待っている状態です。

強制調査の結論が出るまで待ち続けてもいいのだけれども、僕はそれでいいとしても、家族のことも考えなくちゃいけない。やっぱり自分からも発信すべきではないのか、結局悪者扱いされるかもしれないけれども何も発信しないよりはマシではないか――こんな思いが家族にあった。そこで「父親の責任として、自分のやってきたことをきちんと書こう」と思い至りました。

――本の中でも最後に触れていますが、娘さん(長女の村上絢氏)は強制調査のストレスで死産をしてしまった。これも本を書く大きなきっかけになったのでは?

村上: それが一番大きなきっかけです。世の中にはやってはいけないことがある。法解釈だけの問題じゃない。娘は相場操縦の嫌疑がかかった時期、第一子の出産直前でまったく出社していなかったのだから無関係なはず。事前に調べれば妊婦かどうかくらいはすぐに分かる。

にもかかわらず、証券監視委は、強制調査時に第二子を妊娠していた娘を何日間にもわたって苦しめるようなことをやった。そして娘は妊娠7ヵ月で死産してしまった。本人に対する謝罪も行われていない。