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ゼロからわかる「薬物依存症」〜私たちがいまだに誤解していること

安心して「やめられない」といえる社会へ
松本 俊彦 プロフィール

誰もが依存症になるわけではない

ところで、人はなぜ薬物依存症になるのでしょうか。

多少とも見識のある方ならば、おそらくこう答えるはずです。「依存症の原因は、性格や意志の弱さなんかじゃない。薬物に手を出したからだ。その結果、薬物の強烈な快感が脳に刻印付けされてしまい、脳が支配されてしまっているからだ」と。

なるほど、その通りです。確かに依存症になりやすい性格傾向など存在しませんし、薬物を使ったことがない人はどうあがいても薬物依存症にはなれません。

しかし、この回答では100点満点で50点です。なぜなら、その回答では、「薬物に手を出しても依存症になる人とならない人がいる」という事実を説明できないからです。

たとえば、アルコールはれっきとした依存性薬物ですが、それでも依存症になるのは飲酒者のごく一部です。また、睡眠薬でも依存症になる人がいますが、それも使用経験者の一部にかぎられます。さらに、重篤な外傷や外科手術後の鎮痛のために病院で麻薬を投与される患者はたくさんいますが、その大半は依存症にはなりません。

実は、覚せい剤の場合も同じなのです。覚せい剤依存症患者の大半は、最初のうちは仲間と一緒に覚せい剤を使っていたのに、気づくとひとり取り残されてしまった人たちです。

彼らはよくこう愚痴ります。

「昔、一緒にクスリをやっていた奴は、今じゃみんな家庭を持ってちゃんと家族を養っている。いまだクスリから抜け出せないのは自分だけ。どうして自分はダメなのか……」と。

なぜ依存症になる人とならない人がいるのでしょうか。

 

「ネズミの楽園」が教えてくれること

興味深い実験があります。1980年にサイモン・フレーザー大学のブルース・アレグサンダー博士らが行った、「ネズミの楽園」と呼ばれる有名な実験です。

この実験では、ネズミは、居住環境の異なる二つのグループに分けられました。一方のネズミは、一匹ずつ金網できた檻の中に(「植民地ネズミ」)、そしてもう一方のネズミは、広々とした場所に雌雄十数匹が一緒に入れられました(「楽園ネズミ」)。

ちなみに、楽園ネズミに提供された広場は、まさに「ネズミの楽園」でした。

床には、巣を作りやすいように常緑樹のウッドチップが敷き詰められ、いつでも好きなときに食べられるように十分なエサも用意されました。また、所々にネズミが隠れたり遊んだりできる箱や缶が置かれ、ネズミ同士の接触や交流を妨げない環境になっていました。

アレクサンダー博士らは、この両方のネズミに対し、普通の水とモルヒネ入りの水を用意して与え、57日間観察したわけです。その結果は実に興味深いものでした。

植民地ネズミの多くが、孤独な檻の中で頻繁にモルヒネ水を摂取しては、日がな一日酩酊していたのに対し、楽園ネズミの多くは、他のネズミと遊んだり、じゃれ合ったり、交尾したりして、なかなかモルヒネ水を飲もうとしなかったのです。

この実験結果こそが、「なぜ一部の人だけが薬物依存症になるのか」という問いの答えではないでしょうか? 

それは、自分が置かれた状況を「狭苦しい檻」と感じている人の方が、「楽園」と感じている人よりも薬物依存症になりやすいということ、つまり、しんどい状況にある人ほど依存症になりやすいということです。

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