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ゼロからわかる「薬物依存症」〜私たちがいまだに誤解していること

安心して「やめられない」といえる社会へ
松本 俊彦 プロフィール

薬物戦争敗北宣言

国内メディアは不思議と取り上げませんが、いま世界中の多くの国が、かつての薬物依存症者を辱め、排除する政策を反省しています。

歴史的に見ると、最初に「辱めと排除の政策」をとったのは米国でした。

1971年、ニクソン大統領は、ニューヨーク市における薬物乱用者の増加を憂い、「米国人最大の敵は薬物乱用だ。この敵を打ち破るために、総攻撃を行う必要がある」と述べ、薬物犯罪の取り締まり強化と厳罰化という「薬物戦争」政策を開始したのです。

その結果はどうだったでしょうか。

統計データが明らかにしたのは、実に皮肉な結果でした。

取り締まり強化に莫大な予算を投じたにもかかわらず、世界中の薬物消費量は増加の一途をたどり、薬物に関連する犯罪やそれによる受刑者、そして死亡やHIV感染症などの健康被害が激増したからです。

そして、厳しい規制が闇市場に巨大な利益をもたらし、かえって反社会的組織を大きく成長させてしまっていたのです。

こうした検証結果を踏まえ、「戦争」開始から40年を経過した2011年、薬物政策国際委員会(各国の元首脳などからなる非政府組織)は、ある重大宣言をしました。

それは、「薬物戦争にもはや勝利の見込みはない。この戦争は完全に失敗だった」という敗北宣言でした。さらに同委員会は各国政府に、薬物依存症者に対しては刑罰ではなく医療と福祉的支援を提供するよう提言をしたのです。

世界保健機関もこの動きに呼応しました。

2013年に公表したHIV予防・治療ガイドラインのなかで、各国に規制薬物使用を非犯罪化し、刑務所服役者を減らすよう求めるとともに、薬物依存症者に適切な治療、および、清潔な注射針と注射器を提供できる体制を整えることを提案したのです。

要するに、「辱めと排除」による薬物犯罪の防止は、いまや国際的には時代遅れとなっているわけです。

 

ポルトガルの薬物政策

こうした提言の背景には、ポルトガルが行った大胆な薬物政策の成功がありました。

2001年、ポルトガル政府は、あらゆる薬物の少量所持や使用を許容することを決定しました。そのうえで、薬物を使用する人たちを刑務所に収容して社会から排除するのではなく、依存症治療プログラムや各種福祉サービスの利用を促すとともに、社会での居場所作りを支援し、孤立させないことを積極的に推し進めたのです。

具体的には、薬物依存症者に対する就労斡旋サービスの拡充、薬物依存症者を雇用する経営者への資金援助、さらには、起業を希望する薬物依存症者に少額の融資などです。

いいかえれば、これまで薬物依存症者を辱め、社会から排除するために割いていた予算を、逆に彼らを再び社会に迎え入れるために割り当てたわけです。

もちろん、反対意見もありました。それは、「非犯罪化によって、より多くの若者たちが薬物に手を染め、治安の悪化を招くのではないか」という懸念です。

しかし、結果的に、この実験的政策は劇的な成功をおさめました。政策実施10年後の評価において、ポルトガル国内における注射器による薬物使用、薬物の過剰摂取による死亡、さらにはHIV感染が大幅に減少し、治療につながる薬物依存症者も著しく増加しました。しかし、何よりも最も重要な成果は、十代の若者における薬物経験者の割合が減少したということでしょう。

ポルトガルの成功が意味するのは何でしょうか。

それは、薬物問題を抱えている人を辱め、排除するのではなく、社会で包摂すること、それこそが、個人と共同体のいずれにとってもメリットが大きい、という事実ではないでしょうか。