Photo by iStock

「トライアスロンの島」長崎・大島の四半世紀

島民の熱意に背中を押されて

豪雨にも負けない歓声

その週の九州は激しい雨に見舞われていた。地域によっては人的被害も出るほどの荒れた天候。ただ、この島は比較的雨量も少なく、天候と地形の複雑な関係を感じながらも大会は開催された。

そして当日は雨。それもスタートのタイミングに合わせたように激しい雨が降った。その中でスイムからバイクに移っていく。雨を突き破るように上りのパートに差し掛かった時だ。「頑張れ~! もうちょっと~」。大きな声とナベやヤカンを鳴らす音。

(大会をサポートするボランティア婦人部の方々と)

見上げると大雨の中、峠の頂上には多くの島民が応援に出てくれており、通過する選手たちに激を飛ばしている。「シラトさ~ん、頑張れ~!」。さすがにちょっと驚いたけど、嬉しくて「ありがとう~!」と応えていた。

 

 当時の町長が先頭に立って

長崎は佐世保の先に大島という島がある。昔は西彼杵郡大島町だったが、市町村合併で今は西海市の一部となった。

26年前、この島にある造船所に招待されてプロトライアスリートがトレーニングに行った。練習後に当時の専務から島の感想を聞かれた彼は「素晴らしい環境です。大会だってできるほどですね」と答えた。すると副社長は「では大会やろう! 明日、町長のところに説明に行くぞ!」と言って、その場でアポイントメントを取ってしまった。

翌日、町長は極めて乗り気だった。「それは素晴らしい話だ。でも、今年は間に合うかな……」、「いや、さすがに来年の話です」と周りがいさめたくらいである。
 

(表彰パーティーはアットホームに盛り上がる)

こうして始まった大島トライアスロン計画だが、もちろん簡単に進むものではない。最大の難関は警察の許認可。しかしこれがなければ公道を使用したレースなどできない。あまりに渋る警察に、町長は「このままでは帰れん!」と言って部屋の前に座り込んでしまったとか。

その意気込みに当時の担当者も折れて「1回だけですよ」と言って許可をくれたという。トライアスリート、造船所の専務、町長とフットワークの軽い人たちが揃ったおかげで「長崎大島トライアスロン大会」(現・長崎西海トライアスロン)が誕生したのだ。そして、「1回だけ」と言われたこの大会は、今年の7月に25回目を迎えた。