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劉暁波の死を「完全削除」した、中国政府の非情なネット統制

国民の怒りはもう抑えられない

その死はネット上からデリートされた

「入院先の遼寧省瀋陽市の司法当局によると、国家政権転覆罪で2009年に有罪判決を受けた劉暁波が多臓器不全で木曜日に死亡した。61歳だった」――仕事で日々チェックしている新華社の英文ニュースが、この短い記事を出したのは日本時間7月13日(木)午後11時すぎだった。

新華社はその後やや詳細な続報を流したものの、死亡した劉暁波(以下敬称略)がどのような人物だったのか、その業績に一切触れることはなく、「国家政権転覆罪で有罪判決を受けた」以上の説明はなかった。さらに新華社の中国語ニュースは「劉暁波」の文字で検索しても、1本のニュースも表示されなかった。

 

ノーベル平和賞受賞者で中国の著名な人権活動家、思想家の死だった。国外では劉氏の早い死を悼むとともに、末期がんと診断されるまで適切な医療をせず、国外での治療を望む国際社会や本人、家族の願いを無視し、非業の死に追いやったとして共産党政権への批判が高まった。

中国の厳しい言論統制を逃れ国外に亡命した中国の知識人や人権活動家はツイッターやネットメディアを通じて悲しみや怒りを表明した。

だが中国国内では、劉暁波に関する情報は厳しく制限された。最大のソーシャルメディア、微信は、死去を知った多くのジャーナリストや学者らが追悼のメッセージを書き込んだが、次々と削除された。

ろうそくの絵文字も、「プーさん」も禁止

筆者もその死を知った14日早朝、微信を開くと、中国友人が次々と劉の死についてのメッセージを書き込んでいたが、貼り付けた画像の多くがグレーの空白となり表示されなかった。恐らくは劉暁波の写真だったのだろう。

報道によれば、普段は使える「ろうそく」の絵文字が禁止されたほか、「R.I.P.」(rest in peace:安らかにお眠りください)などのメッセージも書き込めなくなった。

中国のネット管理部門はしばしば、政治的、社会的に不都合な字句を「敏感詞(センシティブ・ワード)」としてネットでの書き込みや検索を禁止する。こうした動向を研究している在米のウェブサイト、チャイナ・デジタル・タイムズによると、劉暁波の死後、次のような言葉が検索禁止になったという。

「1955+2017」(劉暁波の生没年)「自由+劉霞」(妻の劉霞に自由を)「海葬」「没有敵人」(私には敵がいない、後述)「諾奨」(ノーベル賞)、さらには『維尼熊』(くまのプーさん)まで一時禁止語句となった(その後解禁になった)。これはしばしば習近平がくまのプーさんと体型が似ているとして、習をからかう時に使うネットスラングだ。

だが人々はそれでもあきらめることなく、劉を悼むメッセージを削除されないよう画像化したり、ろうそくの画像や劉暁波がノーベル平和賞授賞式に出席できなかったことを表す「空の椅子」の画像を貼り付けたりした。

ある知人の学者は1本のろうそくの画像とともに、劉暁波がノーベル平和賞授賞式で読み上げられた有名なメッセージ「私には敵がいない」の次のような一節の英文を添付した。「いかなる力も自由を求める人間の欲求を阻むことはできない。中国はいつの日にか人権を至上とする法治国家になるはずだ」。

日ごろは慎重な言動を心がけるこの学者にとっても、劉の死は大きな衝撃だったようだ。彼はさらにカナダの詩人で歌手、レナード・コーエンの『アンセム』という曲の英語の歌詞の一部を貼り付けている。

「まだ鳴ることができる鐘を鳴らせ。万事には裂け目があり、そこから光が差し込むのだ」――これは彼が劉の死に対して自らの思いを伝えられるギリギリの表現だったのだろう。