'60年代'70年代、警察は学生や過激派との闘いに明け暮れた(Photo by Getty Images)
警察 インテリジェンス

「俺はもうすぐ死ぬ」元公安警察官が明かした過激派との闘い

ある公安警察官の遺言 第1回
報道記者として、警察やインテリジェンスの世界を取材し続けてきた竹内明氏。その竹内氏が長年、交流を持ってきた、ひとりの元公安警察官の生きざまからは、極左過激派やオウム真理教事件など、昭和から平成にかけての激動の時代の「裏側」で、決して光を当てられることなく活動してきた男たちの戦いが透けて見えます。知られざる公安警察の実像に迫る連続ルポ、第1回(第2回以降はこちらから)。

「最後に、お前と飲みたい」

6月9日、ひとりの元公安警察官がなくなった。

古川原一彦。警視庁公安部公安一課に所属して極左の捜査を担当し、連続企業爆破やオウム真理教事件で活躍した叩きあげの捜査官だ。

「俺はもうすぐ死ぬから、お前と最後に飲みたい。世話になったお礼にご馳走させてくれ」

筆者の携帯にこんな電話が掛かってきたのは、先月中旬のことだ。その口ぶりに覚悟を感じた。8年前に膵臓癌で手術、奇跡的に回復していたが、去年、再発していた。

古川原は千葉県内の某駅を指定し、「午後6時頃に駅に着いたら電話しろ」と言って電話を切った。

当日、私が待ち合わせ場所の駅から電話すると彼はこう言った。

「なんだよ、おまえ。朝6時だぞ。年寄りは寝てるんだから、こんなに早く電話するなよ」

「いや、古さん。いま夕方の6時、約束の時間ですよ」

「……そうだったか。すまねえ」

駅近くの店ではなく、体に負担をかねないよう自宅近くの居酒屋で飲むことにした。いつもどおりの洒落たジャケットを着て店にやってきた古川原は思ったより血色がよかった。

「頚椎に癌が転移しやがった。右手がまるで利かなくなっちゃってね。まったくいやになるよなあ」

古川原は照れ臭そうに笑うと、馴染みの店員に、豪華な刺身の盛り合わせを注文した。カウンターに並んで、黙々と食事をした。古川原は震える右手でフォークを握り、刺し身を何度も落としながら、口に運んだ。あれほど豪快に酒をのんだ男が、この日は熱燗を舐める程度だ。

 

公安捜査官として数々の難事件を解決した男だ。二度の離婚、酒癖もわるい。上司には平気で食って掛かるし、ルール違反すれすれの捜査手法も厭わない。組織の枠からは大きくはみ出した公安部の名物男だった。

これまで筆者はこの男から沢山の話を聞いてきた。首都のど真ん中で起きた衝撃の事件に全国民が慄然とした連続企業爆破テロ事件クアラルンプール事件ダッカ事件。そして平成に入って世界初の化学兵器によるテロが実行されたオウム真理教事件。現在の警察組織では、公安といえども踏み越えることのない一線を、ときに荒々しく越える昭和の公安捜査官の捜査手法……。

読者の皆さんには、彼が死の直前に見せてくれた写真や資料も交えながら、激動の捜査官人生を数回に分けて紹介したいと思う。