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本当に芸能人は「奴隷契約」を結ばされているのか

音事協「統一契約書」の真実(前編)

 芸能界のディープな事情を、ノンフィクションライターの田崎健太氏が徹底取材で解き明かす本連載。今回は前・後編2回にわたって、巷を騒がせている「芸能人の契約問題」に斬り込む。

「特殊な世界」の契約事情

7月7日、NHKは「公正取引委員会が、大手芸能事務所などを対象に、独立や移籍を一方的に制限するなど、独占禁止法に抵触するような不公正な契約が結ばれていないかどうか調査を始めた」と報じた。

昨秋、女優ののんこと能年玲奈の独立騒動が世間を賑わせたことは記憶に新しい。その際、「日本の芸能界では、アメリカなどの契約社会ではあり得ない『奴隷契約』がまかり通っている」という論調で報じられたこともあった。公正取引委員会が芸能プロダクションの契約に興味を示したのも当然かもしれない。

NHKの報道を受けて、ネット上では「能年玲奈が満足に活動できないのは、やはり事務所の圧力があるためだ」「芸能界とは、時代錯誤の慣行がまかり通る恐ろしい業界なのだ」といった言説があふれている。

こうした見方は、はたして正しいのだろうか。

これまで「芸能界の契約がどうなっているのか」は、関係者以外には知る手立てが少なく、憶測や噂をもとに語られてきた。だが今回、筆者は契約書の現物を入手し、また芸能界最大の業界団体である「日本音楽事業者協会(音事協)」幹部と顧問弁護士に取材を行った。

 

芸能界は他の業種と違った少々特殊な世界である。

まず、「商品」は心を持った人間である。そして、その商品価値は、例えばアスリートのように記録や勝敗といった物差しで測ることができない。

ディクシー・チックスなどのマネジメントを手がけた、アメリカ音楽業界の大物マネージャーであるデビット・スケプナーは、エンターテインメントの世界で成功するために必要な才能を「IT(それ)」と表現した。つまり音感が優れている、あるいは歌の技術があるのは当たり前で、それ以上の「IT」がなければならないと。

この「IT」は壊れやすく、時に消えてしまうこともあるという厄介な代物だ。「IT」を見抜き、育て、価値を高めることが芸能事務所、プロダクションの仕事となってくる。

SMAPはアメリカでは生まれない

ただし、日本の芸能界はエンターテインメントの本場である、アメリカやヨーロッパともまた違った体制をとっている。

多くの芸能プロダクションが加盟する、音事協の広報担当理事の高木貴司は、「日本のプロダクションシステムはアメリカなどとは根本的に異なっており、単純比較は意味がない」と言う。

「アメリカやヨーロッパでは、個人事業者であるアーティストがパーソナル・マネージャー、エージェント、弁護士、会計士、広報などを雇ってチームを作るという形です。彼らはアーティストと個別契約を結び、それぞれの分野を任される。そして、アーティストが実演対価として受け取る諸収入から、パーセンテージで報酬を受け取る。

この『ハリウッド・システム』とも言えるシステムは、世界を相手にした大きなマーケットで巨額のお金が動く場合は有効なのですが、日本のマーケット自体はそこまで大きくない。ハリウッドと日本の映画界の規模の違いを考えて頂ければ分かると思います」