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エンタメ 週刊現代

天才ボクサー「モハメド・アリ」の戦いの記録とその生涯を追う

ヘミングウェイに並ぶボクシング文学の傑作

アメリカの「最も偉大な男」が死んだ

アメリカを再び「偉大」にするんだと豪語する男が大統領候補となった2016年6月、ほかならぬその国で「最も偉大な男」なる異名を取ったボクサー、モハメド・アリがこの世を去った。享年74。

ケンタッキー州ルイヴィル出身で、ヘビー級世界チャンピオンの栄冠を射止めること3回。速く軽やかな試合は「蝶のように舞い、蜂のように刺す」なる常套句で広く知られる。

その伝説的ボクサーが闘った4名のライバル、ソニー・リストン、ジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマン、ラリー・ホームズとの伝説的試合を四章構成で物語化したのが、『ファイト』である。

当時ヘビー級の世界王者だったソニー・リストン(左)とローマオリンピックボクシングライトヘビー級で金メダルを獲得した後のモハメド・アリ(Photo by gettyimages)

正直なところ、この稀有の歴史小説家のことは長く評価し書評もしていただけに、没後間もない世界的ヒーローを扱った『ファイト』の登場には、思わず目をこすったものだ。

わたしは高森朝雄原作、ちばてつや画の名作『あしたのジョー』を愛する点では人後に落ちない自信があるが、本書の作家と主題の取り合わせは、あまりにも意外だったのである。

しかし、ひとたびページをめくるやいなや、あたかもアリ自身の華麗な闘いが乗り移ったかのような一人称の饒舌に、ぐいぐい引き込まれてしまった。

 

1964年、弱冠22歳の時に世界チャンピオンだった「熊野郎」リストンを破って王座につくも、67年、ヴェトナム戦争に異を唱え徴兵拒否したがために3年間のライセンス停止を余儀なくされたアリは、71年に復活を遂げるもかつてのスピード感は失っており、「アンクルトム」フレージャーと対戦して惨敗。

74年にアフリカはザイールで行われた「ミイラ男」フォアマンとのタイトルマッチでは勝利を収めて再び世界チャンピオンに返り咲くも、80年、自身のスパーリング・パートナーでしかなかった「ピーナッツ」ホームズに敗北を喫してしまう。

6R終了時にTKOで勝利したアリ。当時の史上最強のハードパンチャー・リストンにアリの勝利は絶対不利と言われていた。試合後にアリは本名をカシアス・クレイからモハメド・アリに改名した(Photo by gettyimages)
「アンクルトム」ことジョー・フレージャーとの戦いに敗れたアリ(Photo by gettyimages)
アリは1974年のフォアマンとの戦いで再び世界チャンピオンを奪還した(Photo by gettyimgaes)
引退からカムバックしたアリとラリー・ホームズとの対戦(Photo by gettyimages)

偉大なチャンピオンを打ち砕き自身が帝王となるも、いつしか防衛する側に廻るばかりか、自身が教えた若い世代に圧迫されていく歩み。にもかかわらず、老いてもなお闘争心を失わない反骨精神。

天才ボクサーの生涯が秘めているのは、民主主義国家アメリカを代表するヒーロー神話のみならず、広く人生の真実そのものであることを、本書は生き生きと伝えてくれる。

アメリカの文豪アーネスト・ヘミングウェイやラルフ・エリスン、ネルソン・オルグレンに連なるボクシング文学の傑作が、ここに誕生した。

ファイト

『週刊現代』2017年6月17日号より