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加計学園とは何者か 特別長編レポート「学校経営を家業にした一族」

第一部 学園創立者・加計勉という男
現代ビジネス編集部 プロフィール

大学生が「大学を作りたい」

終戦後まもない1946年、勉氏は広島文理科大学の数学科に入り直すことを決意する。一念発起が実って、同年春に合格。再び母校へ戻った頃には、勉氏はすでに、大学の創始者になることを夢見るようになっていたという。

氏が自ら記した回顧録(『加計学園創立二十周年記念誌』1985年に収録)にはこうある。

〈私は広島文理科大学の数学科を卒業しましたが、在学当時、すなわち終戦後まもなくの頃ですが、大学で講義を受けながら大学のあり方について考え、また友人たちともこの事についていろいろと話し合ったりしたものです。

国立型の大学は非常に画一的と言いますか、(中略)もう少しリベラルな大学、言いかえれば、アカデミックな志向と高遠な理想を目指す雰囲気があっても良いのではないかと考えておりました。

何分にも学生時代の事ですから、そういう大学を自分自身の手で作ることができるとは考えてもおりませんでしたが、将来、機会に恵まれれば、そのような学校をぜひ作ってみたいと思っておりましたし、自分で作るとすれば、私学でないとできないような大学というものに一種の憧憬を抱いてもおりました〉

広島文理科大学を卒業後、勉氏は1年間だけ、広島大学東雲分校中学校 (現・広島大学附属東雲中学校)の教壇に立った。しかしすぐに教職を辞して会社を興し、〈三、四年の間教育出版事業に専念しておりました〉(前掲の回顧録より)という。おそらくはこの起業のとき、勉氏の胸には20代半ばにして、すでに大学設立への道筋がぼんやりと浮かんでいたのではないだろうか。

 

そもそも、何が問題なのか?

さて、ここで視線を現在の加計学園に戻してみたい。いまや野党やマスコミが「加計学園問題」と呼ぶようになった一連の騒動だが、いったい「何が問題なのか」は判然としない。そもそも、「どこにも問題はない」という見方もある。自民党や政府、安倍晋三総理はこうした立場だ。

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あえて細部を省いて、経緯をなるべくシンプルに整理してみよう。

加計学園の現理事長で、勉氏の長男である加計孝太郎氏は、安倍総理と30年以上親交をもつ友人である。この点は、安倍総理も自ら認めている。2人は1970年代、留学先のアメリカで知り合って親しくなり、現在もときには安倍昭恵夫人を交えて会食やゴルフに出かける間柄だ。

その孝太郎氏率いる加計学園が、2018年春開学予定で、愛媛県今治市に新たに「岡山理科大学獣医学部」を開設する。開設にあたっては愛媛県と今治市が総工費の半額、計96億円を上限として、校舎建設費や施設整備費を負担する予定になっている。

加計学園は、かねて獣医学部開設を希望していた。愛媛県や今治市にとっても、地域の活性化を狙った大学誘致が長年の希望だった。獣医師の増えすぎを防ぐため、獣医学部の新設は制限されているが、この規制は2016年に今治市が国家戦略特区に指定されたことで撤廃された。

ひと言でまとめれば、特定の政治家=総理と親しい学校経営者が、巨額の税金が投入される事業を進めるお墨付きを得た、ということになる。

手続きに瑕疵はない。法的にも問題はない。しかし倫理的にはどうなのか。不公平ではないのか。加計学園「問題」が存在するという立場の野党・マスコミ・そして国民は、こうした疑念を抱き、憤っている。

だが、加計学園の歩んできた軌跡を丹念に追っていくと、学園創立者の加計勉氏もまた、中央政界や行政とのかかわりをきわめて重視していたことがうかがえる。

半世紀以上にわたる学園の歴史から見えてくるのは、今も昔も、巨大な私学を作り上げるためには、行政との関係構築や根回しが欠かせないという事実だ。この点を明らかにするのも、本稿の大きな目的である。