学校・教育

子どもに「命令」できない親が急増中! それはただの責任放棄だ

世代間連鎖を防ぐ子育て論(4)
信田 さよ子 プロフィール

「シーッ」では子どもは静かにならない

・タイプ1(放りっぱなしの親)

まさかと思われるかもしれませんが、この例は意外と多いものです。特に新幹線に乗ると、こんな親は珍しくありません。

子どもを放置して、眠っていたり(眠ったふりをしていることも)、夫婦そろってゲームをしていたりします。そうなると車内はまるで幼稚園状態になってしまいます。

自分たちにとっては当たり前の状態なので、やりたいようにやらせているのかもしれません。

ときどき免罪符のように「シーッ」と口に指を当てたりしますが、本気でないことは子どもがよくわかっています。

周囲のひとたちがだれも声を掛けないのは、下手に「ちょっとお子さん、静かにさせてくれませんか」とでも言おうものなら、逆ギレされかねないという恐怖があるからでしょう。

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・タイプ2(怒鳴る親)

この例は、何度もJRの通勤電車内で遭遇したものです。

イライラした様子の母親は、じゃけんに子どもを扱い、大声で怒鳴ったりします。見かねた高齢女性が、泣きそうな子どもに笑顔で声掛けすると、母親はお礼を言うどころか「フン!」と横を向き、子どもを「覚えてろよ」といった目つきでにらみつけました。キレた様子をむき出しにしているのです。

 

どんな事情があるにしろ、おおぜいの前で子どもを怒鳴りつけることはやめましょう。

母親に怒鳴られて恐怖を感じるのはもちろんですが、子どもは他の乗客の目を意識していますので、多くの人たちの視線を受けて恥ずかしいと思うでしょう。

子どもに恥をかかせることが、母親の罰のひとつなのかもしれません。子どもの年齢によっては、電車を降りてからどれほどの倍返しをされるかとオドオドしてしまうでしょう。

それにしても、外側から見ると、まるで子どもどうしのけんかのようではないでしょうか。

親のほうは、対等にかかわっていると思っているのでしょう。だから友人とのけんかと同じく、子どもに対しても真剣に腹を立ててしまうのです。この点も大きなポイントです。

それにしても、電車の中でもあれほど感情がむき出しになる母親なのですから、自宅に戻ったときはいったいあの子はどうなってしまうのだろう。そう考えると、少しだけ胸が痛む気がしました。

・タイプ3(「シーッ」と言う親)

これはそれほど珍しくありません。読者の中にも、電車やレストランで子どもが騒いだとき、シーッと指を唇に当てて黙らせようとした方はいらっしゃるでしょう。

はっきりと言いましょう。大人ならまだしも、小さな子どもが「シーッ」と言われて静かになることはありません。百歩譲って3秒くらいは静かになるでしょうが。

そのことを、じつは親もわかっているのではないでしょうか。

いちおう静かにさせようとしたという既成事実をつくる、つまり静かにさせるポーズをとっているだけかもしれませんね。どこかで、静かにならなくてもかまわないと思っているのでしょう。

根底には、タイプ1の親と同じく、どんなに子どもがうるさくしていても、子どもが勝手にやっているのであり、最終的に親である自分の責任じゃない、という考えがあるのではないでしょうか。

もしくは周囲がそれを受け入れるべき、受け入れてくれるはずと思っているのでしょう。なぜなら子どもはうるさくするもの、親だってそれを止めることはできない、と。

他人にとっては、子どもの声は、ときには騒音になると考えましょう。まして公共の場では、どんなに自分がかわいいと思っていても、騒音になりうるのです。

体調の悪い人もいれば、疲れていて少しでも眠りたいという人もいるでしょう。特に新幹線では、高額な特急券を買って座っているのですから、騒音がひどければ料金を返してほしくなるかもしれません。

飛行機の客室乗務員も、子どもの泣き声は他の乗客の迷惑になる、サービス向上のためにはそれを防ぐべきという前提でかかわります。

公共とは社会そのものですから、私生活とのあいだには大きな境界が存在します。

未成年の問題行動が保護者の責任であるように、公共の場で子どもが騒いだ場合、静かにさせるのは親の役割・責任なのです。

それを親が止めることはできないと考えるのは、一種の責任放棄になるのではないでしょうか。