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「芸能界のドン」に対峙する男の壮絶な告白記

~狼と呼ばれて

広域暴力団の組長も放送局の幹部も、大企業も芸能プロダクションも、遠慮なく切り捨てる「過激なブログ」を運営する右翼・大日本新政會の笠岡和雄総裁が、ブログの連載に自らのヤクザ人生を盛り込み、『狼侠』と題して書籍化した。

「狼」と呼ばれる理由

まさに「狼」である。今年、現役を引退、堅気になるまで神戸に本拠を置く二代目松浦組組長。神戸といえば日本最大の広域暴力団山口組の拠点だが、そこで山口組と親戚関係を結ぶことなく独立を通してきた。関東最大の広域暴力団住吉会とは親戚関係にあったが、誰とも「兄弟」の盃は交わさなかった。

「狼」にして、これまでに7回、電気ショックで蘇生したという身体障害者1級の患者である。怖いものがない。それが、「芸能界のドン」と呼ばれる周防郁雄・バーニングプロダクション社長や関功・住吉会会長など“大物”を、委細構わず“なで斬り”する姿勢につながっている。

 

過激な内容ゆえ、個々の記載内容を、裏取りをせずに紹介するのははばかれるが、ブログ記事が「文春砲」につながるなど、芸能マスコミにインパクトを与えてきたのは事実である。

「NHKが頭を抱える『八重の桜』プロデューサー。モー娘。肉弾接待騒動」は、『週刊文春』(2013年9月12日号)がNHKプロデューサーへの不適切な接待を報じたものだが、記事の序文にある、「(この問題を最初に報じて)芸能界を震撼させているあるサイト」とは、大日本新政會のブログだった。

私と笠岡氏の関係は、4年近くになる。六代目山口組元直参組長の紹介だった。20年、30年と関係が続いている暴力団関係者がいるなかで、決して「長い付き合い」とはいえないが、良くも悪しくも「暴力団らしさ」を感じさせる人だった。

笠岡氏は『仁義なき戦い』の舞台ともなった広島の岡組に16歳で入り、右も左も分からぬまま兄貴分に従って京都へ行き、債権回収のもつれから殺人事件を起こしてしまう。長い懲役、そして現役復帰、松浦組の松浦繁明初代と盃を交わして子分になった。

笠岡氏は、所作も価値観も、暴力団そのものといえる人だった。盃はなにより重く、序列と上下関係はそれで決まり、疑うところがない。暴力団は証文、契約書を交わすような人種ではなく、だから「口約束」にせよ約束を交わしたら絶対で、守らねばならない。

昭和30年代に稼業入りし、日本の経済成長に歩調を合わせて事業分野を拡大、しのぎを増やし、38人抜きで二代目を継承したのだから才覚はあった。成功するヤクザの条件は堅気とも付き合える物腰と話術、そして抜群の記憶力を持っていることだが、笠岡氏にはそれがあった。

そこで私は、当時、構想していた書籍の「芸能界と暴力団」の語り部の中核に、笠岡氏を据えたいと思った。