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燃え殻さんのデビュー作がベストセラーになるまで

「小説ってなに?」からはじめたのに…
宮田 文久 プロフィール

賢者タイム…?

――Twitterを拝見するに、宮川さんと一緒に、本当に刊行直前まで原稿に手を入れていらしたようですね。

燃え殻 そうですね、渋谷のサイゼリヤで。

宮川 最終校了ギリギリの2日間、みっちりと。閉店までいましたよね(笑)。

燃え殻 その時に自分の中で、すごく納得がいったんです。これは語弊があるかもしれませんが、“気が済んだ”と言いますか……。

宮川 気が済んだ…?(笑)

燃え殻 cakesの方にも言ったんですけれども、「もう俺、これでいいですね」みたいな(笑)。

――卑猥な言い方ですが、“賢者タイム”が訪れた?(笑)

燃え殻 はい、もう、目線がすごく遠くを見ているような、青空の下のセントラルパークで「ああ、空が広いなあ」みたいな……(笑)。ウェブ連載の時もいろんな方から「もうこれで気が済んだ? よかったね」とか、「1回ぐらいこういうことが人生にあってよかったね」「自分をフッた女の子の話が書けて、彼女への思いは“成仏”したの?」とか言われたんですけど、連載が終わった後もまったく成仏してなくて、悶々としちゃっていたんです。

ただ、僕も小説を書くという経験は初めてだったので、きっと長いものを書くというのは、こうやって深く、深く考えることで、悶々としながら決着しない物事に付き合うことなんだなあ……なんて思いながらやっていました。それが、最後にサイゼリヤで突き詰めて、自分の書いたものに向き合ったら、成仏したんです。相当な部分が。

 

なんて言うんだろう、連載中は、こんなにいろんな人たちが優しく声をかけてくれたり気を使ってくれたりという経験が今までなかったので、逆に「もっとこうすればうまくできたんじゃないか」「もっとこういうふうにしたら、俺の人生も変わってたのにな」とか、考えるようになっちゃってたんですよね。

でも、サイゼリヤで最後の手入れが終わった瞬間に、それがすべて肯定的なものに変わっていったんです。「人生、こんなことがあったから、今があるんじゃないか」と。

小説を読んでいただけると分かりますが、一個一個のエピソードは、本当におしゃれでも何でもない、日々の些細なことばかりなんですけど、「あの時、あそこに一緒に行けてよかったな」とか、「あの時あの人に会えてよかったな」とか……自分の人生が嫌じゃなくなったんです。今までは「俺の人生なんて、早く終われ」とか、本気で思っていたのに。

大垣書店さんもこんなつぶやき。おそらく人生は、まだまだ終わらない

宮川 そうした変化は、サイゼリヤでの最後の作業の時に私も感じたんですよ。燃え殻さんは“下請け体質”とおっしゃるんですが、それまでは私が「こうしてほしい」「こういうのはどうですか」と言うと、その通りに直って戻ってきていたんです。

すごいとは思いつつも、ある日、一緒に飲んでいた時に「とてもありがたいんですが、編集者のエゴとして伝えると、Aと言ってAで返ってくるのは60点です。Aダッシュで返ってくるのは80点、考えてもみなかったCで返ってくるのは100点なんです」と言ったんですね。生意気なんですけど。

燃え殻 ああ、覚えてます(笑)。

宮川 「燃え殻さん、本当にこれでいいと思ってます?」「僕はもうそれで満足しています」みたいな会話がずっとあって(笑)。「本当に満足してるの?」って聞き続けていたんですが、最後のサイゼリヤで、「いや、こうしたい」「これどう? こっちのほうが良くない?」という燃え殻さんの“熱”がバーッと出て来たんです。それが燃え殻さんの“報われた感”につながるんじゃないでしょうか。

作家というのは、これまでいろいろあった人生を――必ずしも白黒をつけるべきでもないとは思いますが――作品を通して肯定することがひとつのアイデンティティだとすると、あのサイゼリヤの2日間で燃え殻さんが“下請け体質”から“作家体質”に変わった瞬間なんだと思うんです。

燃え殻 そう分析されると、恥ずかしい…。小説の中にも、若い頃にバイトしていたエクレア工場の話を書いたんですけど、「辞めます」と言わない限り、自分はずっとこのエクレアを見ながら過ごすのかとか思っていて。ああ、こんなつまんなくて最悪な日常が永遠に続くのか、いや、最悪って言っていたことすら突然に終わるのかな――マジかよ、勘弁してくれよ、いずれにしても地獄じゃないか、死にたいな、と(笑)。