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「燃え殻さん」って何者だ…?デビュー作が品切れ続々で話題

~フォロワー9万人から小説の世界へ
宮田 文久 プロフィール

天国と地獄と、Twitter

――作中では「一万円札掴み取りが行われた」という話もありましたね。

燃え殻 そう! 一万円札から五百円玉まで、掴み取りが用意されていました。某大物タレントさんなんかは、ある家の家賃一年分と、引っ越し代や家具まですべてがセットになったものを景品として出していた。いまじゃ考えられませんよね。

それで、僕ら外部の業者に景品が当たると場がシラケてしまうので、ビンゴのカードを申し訳なさそうに持って、「当たるな、当たるな……」と祈りながら会場の隅っこでひっそりしていて(笑)。その頃はそんな話ばっかりでした。

それだけでなく、番組に出演しているタレントさんたちが仮装して出てきたり、会場には接待で連れてこられている艶やかな女性たちもたくさんいまして。そうした光景を見て、「こんなこと、そう長くは続かないよな…」と僕は思ったんです。

――こんなひとときのバラエティーバブルは続かない、と。

燃え殻 そうです。世間はとっくにバブルも崩壊していて、ニュースでも「日本経済がヤバい」っていう話しかしていないのに、バラエティー番組の世界だけは、まったく違ったんです。

――不景気なんてどこ吹く風だった。そして燃え殻さんは、その光景を目の当たりにして、浮かれるのではなく切なさを感じたわけですね。

燃え殻 本当にそうなんです。怖くなっちゃって。会場にいる女の人たちが、みんな優しいんです。優しくて、いやらしいんです(笑)。

――桃源郷のようだけど……(笑)。

燃え殻 でもこんなの、あり得るわけない、と(笑)。

――竜宮城みたいなもんですね…。

 

燃え殻 だから僕は、テレビの世界とは少し離れたいなと思って、ちょうどうちの会社が「営業」を始めようというときに、「テレビ以外の業界に営業させてください」と社長に頼んで、半ば勝手に飛び込み営業を始めたんですね。それで、ゲーム会社や、その周辺の出版社などに飛び込みました。コミケに足を運んで、企業ブースのところで名刺を配りまくって、「ブースの設営のような仕事をやらせてもらえませんか」とお願いして回ったんです。

すると、ブース設営や、ネットの広告ページのデザインといった仕事がチラホラ入り始めたんですよ。なんだ、俺たちでも「営業」できるじゃないか、と自信を持ち始めたんですが、なぜかその時にゲーム関係の取引先の方から「やりとりはTwitterでお願いします」といわれたんですね。

――ええっ!? いつTwitterの話が出てくるのかと思ったら、それがTwitterを始めたきっかけなんですか?(笑)

燃え殻 まだTwitterが出始めたころだったんですが、得意先はゲーム関係だけあって、そういうのに詳しい人が多くて。「Twitter、面白いんだよ」と勧められたんですよ。こちらとしては対面で仕事をしているのに不思議な感覚だったんですが、まあ相手がそういうからと、Twitterでやりとりを始めたんですね。

最初は何が楽しいかまったくわからなかったんですが、それでもイベント会場で「今日ここにいます」「あ、俺もここにいる」とかいう情報が入ってくるから、新しい仕事先とつながれるんだということに気づいて、ああ、これはやっといたほうがいいな、と続けていたんです。

そんな折に、ある人をTwiiter上で発見しまして……。

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――がぜん、気になります。

燃え殻 ラジオを中心に構成作家をなさっている、Sさんという方です。実は、僕はかつて深夜ラジオのハガキ職人をやっていたんですが、名前に聞き覚えのあるハガキ職人の人たちが、当時からTwitterをやっていたんですよ。特に僕が驚いたのが、コサキンさんのラジオで活躍していたハガキ職人のSさんでした。

――今で言えば、TBSラジオ「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」の構成を担当されていますよね。

燃え殻 そうです。「Sさん、最高!」と尊敬していたその人が、Twitterをやってたんですよ。それも、「今日も昼飯の時間だ」とつぶやきながら、鯉に餌をあげている写真をアップしたりしていて(笑)。「いっぱい食べるぞ」とか言いながら、画面に映るのはパクパクしている鯉なんです。「わっ、やっぱり面白い!」と衝撃を受けて(笑)。

嬉しくなって彼をフォローすると、自分が憧れていた人のお子さんの話とかが流れてくるわけです。憧れていたあのハガキ職人の日常が……。