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学校・教育 ライフ

金髪・ヒゲ・グラサンの強面ライターがうっかり「PTA会長」に!?

子持ちなら誰でもなる可能性がある

PTAは強制参加ではない

PTAは自由参加の団体であり、参加は強制ではない。

今でこそ常識になりつつあるが、2000年代前半にはまだ一般的ではなかったように思う。私がそれを知ったのは、自分がPTAの一員になった後だった。

子供が東京都内の公立小学校で4年生から6年生まで在籍した期間、2008年4月から2011年3月まで私はPTA会長を務めた。泥縄式もいいところだが、そんな大それた職に就くことが決まってから、慌ててPTAについて勉強したのである。

自由参加である、という事実は、川端裕人『PTA再活用論』(中公新書ラクレ)を読んで初めて気づいたと記憶している。

PTA再活用論』は、公立小学校でPTA役員を務めた作家が、その体験から極めて客観的に団体批判を行った力作である。記憶というものはいい加減で、私はこの本をPTA会長になってからすぐ読んだつもりでいたが、奥付を見ると2008年10月刊行になっている。

つまり会長という要職に就いてしばらくの間は、自由参加か強制参加かということにはまったく考えが及ばないまま流れ作業で日々の業務をこなしていたことになる。うかつにもほどがあるよ、と当時の自分には言っておきたい。しかし周囲に、この問題について自覚的に発言していた人がいなかったことも事実なのである。

 

基本は「うっかり」

この春、『ある日うっかりPTA』(KADOKAWA)という本を上梓した。前述のPTA会長在任中に体験したことを書いたもので、ライターの北尾トロ氏が発行していた『季刊レポ』という雑誌(終刊)の連載が元になっている。名付け親も北尾氏だ。氏曰く。

「子供がいる家庭なら、誰でもPTA役員の話はまわってくる可能性があるでしょ。そうなったら杉江さんみたいに引き受けちゃうかもしれない。だから『ある日うっかりPTA』」

その通り、基本は「うっかり」なのである。PTAのことなどまったく知らなかったのに会長の役目を引き受けてしまった。「どうして引き受けたんですか。PTA会長なんかになったら忙しくて仕事に差し支えますよ」となってから散々言われたが、後の祭りである。

案の定、最初の1年間は怒濤の如く押し寄せてくる業務に対応するので精一杯だった。

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ベルトコンベア式に仕事をこなす

本にも書いたが、就任の挨拶をしに訪問した際、校長先生に「PTA会長は2年目から、だと個人的には思っています」と言われた。本当にその通りである。どんなに有能でも、まったく知らないことに完璧な対処をするのは不可能だろう。

一例を挙げれば、私の在籍した小学校では離着任された教職員の歓送迎会を、PTA主催で行うのが通例になっていた。それを知ったのは入学式の後である。4月中旬に行われる会の準備を4月上旬から泡を食って始めた。

離任された方はもうその学校にはいないので、新しい職場に郵便で招待状をお送りして来ていただく。会の出欠は当然、児童が持ち帰る「お手紙」経由のやりとりである。

そういう業務が山のようにある。言い方は悪いがベルトコンベア式でこなしていかなければならず、その仕事はなぜやっているのか、そもそもPTAは何のためにあるのか、といった本質的なことについては考えている余裕すらなかった。