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週刊現代

読書に右翼も左翼もない、そうでなければ思想は語れない

政治活動家・鈴木邦男を作った10冊

小説の主人公になるつもりだった

三島由紀夫は「愛国心は強要するものではない」と言っていましたが、いま僕がそういうことを本に書いたりすると「お前は右なのか、左なのか?」と訊かれる。右翼の思想家らしくないということなんでしょうけど。

以前、小林よしのりさんの『本家ゴーマニズム宣言』に「鈴木は朝起きたときに左翼になるか右翼になるか決めている」と冗談めかして書かれたこともありましたね(笑)。

僕が文学作品を読むようになったのは大人になってからです。中学生の頃にサリンジャーなどをすすめられたりしたけど、ちっとも面白くない。大学で民族派の運動をやっていたときは「小説は読むものではない。いずれ自分たちが主人公として書かれるものだ」と思っていましたから。

思想的に大きな影響を受けた作家は、三島由紀夫と高橋和巳の二人です。

三島の『文化防衛論』は、われわれが守らなければいけない「日本文化とは何か」を説いた本で、三島は憲法改正草案も考えていた。これが斬新で、女系天皇を認め、さらに徴兵制には反対。国を守るというのは自発的なものでなければいけないという考えでした。そもそも三島は「愛国心」という言葉も嫌いだったんですよね。

文化防衛論

こうしていま三島のことを語っていますが、学生の頃は論文ばかり読んでいて、文学作品をほとんど読んでいなかった。三島が学生を集めて軍服を着せ、「楯の会」をつくったときも「作家のファンクラブ」くらいにしか見ていませんでした。

しかし、1970年11月25日、自衛隊の市ヶ谷駐屯地で自決事件を起こして以降、僕の中でも「三島由紀夫」は神格化された存在となっていきました。

 

高橋和巳に傾倒したのは、学生時代にある男から「右のヤツは本を読まないからダメなんだ。高橋和巳ぐらい読め」と言われ、ムッとして読んだのがきっかけです。

全共闘世代の愛読書のように言われる高橋和巳は、僕ら右派学生の間でも読まれていました。作家であるとともに京大の助教授で魯迅を研究している。そんな人が赤軍派の人たちとの討論にも出るのがすごいと思いました。ほとんど全作品を集めたと思います。

なかでも『邪宗門』は戦前、国家によって大弾圧を受ける新興教団の話で、モデルとなった「大本教」は生長の家の源流でもある。「世なおし」を標榜し百万の信徒を擁しても、権力の意に添わないとこれほどまでに過酷な仕打ちをうけるのかと恐ろしさを感じました。

邪宗門

司馬遼太郎とロシア文学

当時の右派学生の中で人気があった本といえば司馬遼太郎の『竜馬がゆく』ですね。1960年代の中頃に司馬さんの本がきっかけで、坂本龍馬の爆発的なブームが起き、誰もが龍馬に夢中でした。

その中で、市ヶ谷の事件で三島と行動を共にした森田必勝という男は「龍馬よりも『燃えよ剣』の土方歳三が好きだ。新選組は逆賊だけれども、劣勢になっても最後まで筋を曲げないのは立派な生き方だ」という。それを聞いて僕も新選組に興味をもつようになりました。

7位の『街道をゆく』は、その司馬さんが街道を旅しながら埋もれた史実を掘り起こしていく。25年間も「週刊朝日」に連載されたもので、DVD版も含め全巻読み、見ました。確かにその場所に行って知るということは多く、土方や近藤勇をはじめ幕末の志士をより深く理解するのにいい。

街道をゆく

ドストエフスキーやトルストイを読んだのは一度運動から離れ、新聞社に就職した頃です。配属が販売部門で、職場の人と話が合わず、ほかにすることもない。大長編のロシア文学に目が向いたのは、革命と宗教の話が出てくるから。また、重厚な文学を読んでこなかったコンプレックスもあったかもしれません。「月30冊は読むぞ」と目標を立てて読んでいましたよ。