アメリカ ジェンダー

「オールジェンダートイレ」とは本当に異質な存在なのか?

アメリカを二分する論争、日本ではどうなる
岡田 育 プロフィール

民間企業の撤退やコンサート公演中止などのボイコットが相次ぐなか、ニューヨーク州アンドルー・クオモ知事もまた、ノースカロライナ州への公的出張を禁止する措置をとっている。

宗教的理由などを背景に反LGBT的な法案が通るこれらの州での出来事は、「差別をなくす」べく公立学校や行政機関の建物内を含む公衆トイレのオールジェンダー化を進めているカリフォルニア州やニューヨーク州の方針とは真逆の流れだ。文字通り国が二つに分かれる大論争である。

 

「クラスメイトにはLGBTの子もいるし、頭では理解しているつもりだけど、化粧直しの最中に背後の個室から男子学生が出てくるの、やっぱりギョッとする……」と言う女子学生は、ニューヨークにもいた。「深夜まで学校に居残って作業しているときだったら、身の危険を感じるかもしれない」と。

これは反対派がよく言う意見だが、実際にはトイレのニュートラル化で犯罪発生率が増加したという明確なデータはない。男女別だろうとそうでなかろうと、人けのない公衆便所のような閉じた空間には危険が伴い、その対策が必要になる、というだけの話だ。

一連の報道以降、進歩的な大都市圏にあらわれたまったく新しい概念のように語られているオールジェンダートイレだが、本当に、そこまで異質な存在なのだろうか。

家庭用トイレは基本的に「男女兼用」の仕様だし、野外フェスの仮設トイレなども男女混合で行列を作ることが多い。日本では、昔ながらの喫茶店や間口の狭い飲み屋の一つしかないトイレで、むきだしの朝顔と壁向こうの高床式和式便器を男女の客が同時に使い、洗面台でかち合って譲り合う、なんてこともよくあった。

異性と同じトイレを使った経験が一度もないまま大人になった人のほうが珍しいはずなのだ。新しい呼称がつくと急に抵抗をおぼえるというのは、イデオロギーというより「慣れ」の問題であり、我々はとっくにそれに「慣れ」ていやしないだろうか。

photo by iStcok

機会の平等を!

私がオールジェンダートイレを歓迎する理由もまた、「反LGBT差別」というポリシーだけの話ではない。「トイレを見つけたら、すぐ入れる」「用を足すのに男も女も関係ない」そんな街づくりにひとたび慣れてしまうと、男女別に設けられたトイレを、ものすごーく不便に感じるようになるのだ。

デパートやショッピングモールで、各階ごとに男女どちらかしか設置されていないトイレを求めて別フロアまで駆け上がり駆け下りた経験は、誰にでもあるだろう。

2つ並んだ男女別の個室のうち「LADIES」が塞がっていて「GENTLEMEN」が空いていると、「なんで私がこっちに入っちゃいけないんだ……!」とキレそうにもなる。こっそり使ってしまおうか、でも見つかって騒がれると面倒だ、ああ、目の前にトイレが存在しているのに、それを使う権利が与えられていないとは、何と前時代的で、不平等なことか……。

「なんで性的少数者のためにそこまでしなくちゃいけないんだ!」と怒っている人たちだって、この問題だけは、直感的におわかりいただけるのではないか。

私とあなたのSOGI(性指向とアイデンティティ)が何であろうと、トイレの我慢は少ないほうがよいし、うんこは漏れないに越したことはない。「機会の平等」がもたらす社会全体の幸福については、誰もみな他人事ではないのである。

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