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「ウエディングケーキ」のルーツを辿ると、意外なところに辿り着いた

貴族の見栄がそもそもの始まり?

金持ちのステイタスシンボル

今でこそ砂糖は、糖質制限ダイエットの流行や糖尿病患者の増加などで、美容や健康の敵のように言われているが、日本でも終戦後の食料不足時には本当にありがたい食料品だった。

当時、「甘い」ものに飢えていた人々にとって、夜店でサトウキビを買ってそれを噛みしめることは最高の楽しみだったのだ。

世界的に見ても16世紀にポルトガル領のブラジルで、17世紀にはイギリス領やフランス領のカリブ海の島々で「砂糖革命」が起こり、大量生産されるようになるまで、砂糖は非常に貴重なものだった。

人々にとって、その純白の色からしても十分神秘的であり、さらにべらぼうに値段が高く、庶民には絶対に手が届かない。この貴重品を大量に使って飾り物を作れる人は、よほどの金持ちか権力者しかいない。そのため、砂糖は元々は力を示す装飾品の材料として使用されていたのである。

 

中世以降はヨーロッパの国王や貴族たちが競ってパーティー用の派手なデコレーションを砂糖で作るようになる。貴族のパーティーは砂糖で作られたお城などの装飾品を鑑賞し、その後、それをカットして皆にふるまう。いつしか砂糖の装飾品のかわりにケーキをカットするようになり、この習慣の名残が結婚式のウェディング・ケーキだと言われている。

また、かつての王侯貴族が作らせた砂糖のデコレーションは、手の込んだものが多く、非常に大がかり。とりわけ、11世紀のエジプトのスルタン(君主)は7万kgもの砂糖を使って、祭壇に砂糖で実物大の樹木を作っていたという。

さらには、『ヘンゼルとグレーテル』の「お菓子の家」ならぬ、「お菓子の寺院」も存在した。スルタンは砂糖製のモスクを作り、祭礼の終わりにはそれを壊して貧民に分け与えていたのである。

また、17世紀末以降のヨーロッパで砂糖と同様に、貴重だったのが紅茶だ。今では街角の喫茶店でいつでも飲むことができるが、「砂糖入りの紅茶」は貴族たちにとって最上級の「ステイタスシンボル」だったのだ。(井)

砂糖の世界史

週刊現代』2017年7月22・29日号より