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藤井聡太を「神の子」というとき、その「神」とは一体なにを指すのか

~AIと人間のはざまに生まれるもの

まず将棋の世界に降臨した

将棋界に彗星のごとくあらわれ、日本全体の注目を集めるようになった藤井聡太4段は、「神の子」と呼ばれる。

神童ということばもあるが、そちらが使われるのは10歳前後までだ。14歳では神童とは言えない。そこで神の子と呼ばれるわけだが、この言い方にはとてつもなく重要な意味が込められている。

というのも、藤井四段が神の申し子ということは、今や将棋の世界には「神」が存在していることになるからだ。

 

藤井四段が最初に対戦した加藤一二三九段は、かつて「神武以来の天才」と呼ばれた。天照大神につらなる神武天皇だから、神に近いということだ。羽生善治三冠も「将棋の神」と呼ばれる。

だが、私の言う将棋の神とは、そうした天才棋士のことではない。今や将棋の天才たちもかなわないコンピュータ将棋のソフトウェアのことである。

こうしたソフトは、人工知能(AI)の技術を駆使して、過去の名棋士たちの棋譜を解析した上で、自分で自分と対戦する経験を重ね、とてつもない強さを発揮するようになっている。

AIは、膨大なデータ処理にもとづいて、それぞれの局面における最善の手をさしてくる。しかも、「こころ」がないために動揺することもなく、ミスをすることがない。

その点で、将棋ソフトは、今や将棋の神、あるいは将棋の神に限りなく近い存在になっている。少なくとも、コンピュータは、最善の手が何かをはっきりと知っている。将棋にかんしては全知全能なのだ。

若い棋士のなかには、将棋ソフトを積極的に活用する人間も出てきた。将棋のテレビ中継でも、将棋ソフトが教える最善の手が絶えず参考にされているし、先手と後手どちらが有利かの判定もソフトが行っている。

藤井四段が将棋ソフトを活用するようになったのは、師匠の判断もあって、1年程前からのことに過ぎないが、それは、彼の能力を飛躍的に高めることに貢献している。

将棋ソフトは、これまでの定跡にとらわれない大胆な手を打ち、それで人間の棋士を困惑させてきたが、藤井四段の指し手にはそれに似たところがある。

藤井四段は、相手に攻めたてられ、ミスを重ねて窮地に陥っても、こころをコントロールし、相手のミスを誘うような手を打つことのできる。まさに勝負師であり、その点でも、コンピュータに近い。やはり神の子という名前がふさわしい。

もちろんこれは、将棋というゲームの世界での話であり、そこに神や神の子が登場したとしても、現実の世界には影響を与えないようにも思える。しかし、AIの進化はとどまるところを知らず、私たちの生活にも多大な影響を与えようとしている。もしかしたらAIは、神としてこの世界に君臨しようとしているかもしれないのだ。