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経済・財政

なぜ人間はバイアスを持つのか? 直感は間違え、専門家の判断は歪む

二人の天才心理学者の物語

アメリカで最も人気があるノンフィクション作家マイケル・ルイス。

データ分析を武器に、貧乏球団を常勝軍団に作り変えたオークランド・アスレチックスGMを描いた『マネー・ボール』は、スポーツ界やビジネス界に「データ革命」を巻き起こしたほか、『世紀の空売り』や『フラッシュ・ボーイズ』などベストセラーを連発している。

マイケル・ルイスマイケル・ルイス〔PHOTO〕gettyimages

そんな彼の最新作『かくて行動経済学は生まれり』は、『マネー・ボール』に対するある「手厳しい書評」をきっかけに誕生したという。その冒頭部を特別に公開しよう。

(翻訳:渡会圭子)

『マネー・ボール』以後

2003年、わたしは『マネー・ボール』という本を書いた。それは、いかに野球選手を評価し、チームの戦略を立てていくかについて、新しく優れた方法を追い求めたオークランド・アスレチックスの物語だ。

他球団よりも選手に使える資金が少ないために、アスレチックスのフロントは戦略を見直さざるをえなかった。新旧のデータを掘り起こし、それを野球の門外漢が分析することで、新しい戦略を見つけ出したのだ。

それによって、彼らは他球団のフロントを出し抜くことができた。アスレチックスはそれまで見捨てられていた、あるいは見逃されていた選手に価値を見いだし、野球界で常識だと考えられていたことの多くが間違いだったと気がついた。

本が発売されると、頭の固いフロントやスカウト、ジャーナリストなどの一部の野球関係者は憤慨して酷評したが、多くの読者はわたしと同じようにその物語をおもしろいと思ってくれた。

アスレチックスのチームのつくり方から、野球だけにとどまらない一般的な教訓を見いだしたのだ。

1860年代から続くプロ野球という世界で、高額の報酬を得て世間の目にさらされている選手であっても、市場から正しく評価されていないというのなら、他の業界でも同じことが起きているはずではないか?

野球選手の市場が非効率的というのなら、効率のいい市場などあるのだろうか?

新たな分析法によって、野球の世界でこれまでにない戦略が見つかったというのなら、人間のあらゆる活動においても、同じ手法が使えるのではないか?

この10年ほど、多くの人々がアスレチックスをロールモデルとして、よりよいデータを使い、よりよい分析を行なって、市場の非効率性を指摘するようになってきた。

わたしはありとあらゆる分野のマネー・ボールについての記事を読んだ。

教育のためのマネー・ボール、映画スタジオのためのマネー・ボール、メディケアのためのマネー・ボール、ゴルフのためのマネー・ボール、農場経営のためのマネー・ボール、出版のためのマネー・ボール(!)、大統領選のためのマネー・ボール、政府のためのマネー・ボール、銀行員のためのマネー・ボールなどだ。

「いきなり、おれたちがオフェンシブ・ラインマンを〝マネー・ボールしている〟なんて言われてさ」と、2012年にニューヨーク・ジェッツのあるコーチが不平をもらした。

また、ノースカロライナ州議会がデータをずる賢く利用して、アフリカ系アメリカ人が投票しづらくする法律をつくろうとしたのを見て、コメディアンのジョン・オリヴァーは「マネー・ボール的人種差別だ」と皮肉った。

 

それでも専門家を求めてしまう…

しかし、古い専門家の知識を新しいデータ分析に置きかえようとする挑戦は、表面的であることが多かった。

データに基づいて下された重大な意思決定が、すぐ結果につながらないと――ときには結果につながったとしても――、昔ながらのやり方を用いたときにはなかったほどの、容赦ない攻撃にさらされた。

2004年、アスレチックスをまねたボストン・レッドソックスは、ほぼ100年ぶりにワールド・シリーズを制覇した。同じ手法で2007年と2013年にも優勝した。

だが不本意な3シーズンを経た2016年、レッドソックスはデータに基づく手法を捨て、専門家の判断に再び任せることにしたと発表した(「われわれはおそらく数字に頼りすぎたんだ……」と、オーナーのジョン・ヘンリーは言った)。