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破綻したタカタを最後まで追い詰める日本自動車業界の「いじめ体質」

問題はまだ終わっていない

負債総額がいまだに見えてこない

自動車部品大手のタカタが、エアバッグの異常破裂問題に端を発した経営危機に沈んだ。6月26日に、東京地裁に民事再生法の適用を申請、これを受理された。

タカタは今後、中国系の米自動車部品会社キー・セイフティー・システムズ(KSS)の傘下に入り、もう一つの収益の柱であるシートベルトなどを中心に、再建をめざすという。

タカタ問題では、新聞各紙が報じている通り、早くから同社製のエアバッグに欠陥製品疑惑が浮上していたにもかかわらず、米政府やマスコミへの対応の遅さや拙さばかりが目立った。こうした対応が、同社の苦境を増幅した感は拭えない。

また、行政や自動車メーカーが依然としてエアバックの経年劣化問題に手をこまねいており、消費者のための部品の定期交換制度がいまだに確立されていないことも大きな問題だ。安全確保の視点が抜け落ちている。 

加えて、民事再生法に基づく再建策づくりが本格化する中で、筆者が注目しているのが、負債総額をめぐるマスコミの下馬評と、タカタ自身の認識のあまりにも大きなギャップだ。

負債総額が1兆円を超えてわが国の製造業者として過去最大の倒産劇になるというマスコミ報道と、同社自身が26日に発表した今年3月末の負債総額(約3800億円)を単純に比べても、実に3倍近い開きが存在する。この大きな格差にこそ、タカタの直面した自動車業界の闇の深さが潜んでいるのではないだろうか。

 

再発防止が進まなかった理由

2016年版の会社案内によると、タカタは1933年、滋賀県で織物製造業者として創業した。

自動車分野では、1960年に2点式のシートベルトの製造・販売を、1980年に世界初の運転席用のエアバックの量産を開始。最近までタカタのエアバッグの世界シェアは約2割を保ち、世界最大手スウェーデン・オートリブ社に次ぐ2位につけていた。2016年3月末現在で、世界21カ国に57の生産拠点を有し、従業員数は約5万人に達していた。

エアバッグの欠陥が原因で最初に死亡事故が起きたとされたのは、2009年5月のことだ。米オクラホマ州で、衝突事故の際にインフレーター(ガス発生装置)が異常爆発。飛散した金属片が、当時18歳の女性の頸(けい)動脈を切断、命を奪った。2016年2月2日付のロイター通信によると、米国を中心に死者が少なくとも16人、負傷者が150人以上に達したという。

最初の悲劇から7年ものあいだ、再発防止策の導入が進まなかったのは許しがたいことだ。しかし、そこにそれなりの事情や原因が存在するのも事実だ。

第一は、最初の死亡事故が、何かあるとすぐ日本車バッシングに火がつく米国で起きたことだ。

米国のメディアは、タカタ製エアバッグを「殺人エアバッグ」とセンセーショナルに報じた。米当局は政治的な思惑から、原因が特定できない段階で、部品のサプライヤーに過ぎないタカタにリコール実施を強要して、問題を複雑にした。本来なら前面に立つべき日本車メーカーが尻込みしてしまい、タカタ自身も機動的に効果的な対応策を打ち出せなかった。

第二に、最初の死亡事故以前にも、リコール騒ぎがあったことが影を落とした。

タカタは当初、不具合を主に自動車メーカーの責任とし、メーカーはリコールを進めた。ところが、その後リコール対象以外の車種でも、死亡事故を含む事故が急増した。原因究明のために不可欠だったとはいえ、エアバッグ問題でリコールをくり返す事態に追い込まれたことが、自動車メーカーにとって不本意な事態でなかったはずがない。

第三に、タカタが調査を委託したドイツの研究機関が、タカタの製造管理ミスや火薬の経年劣化だけでなく、エアコンの傍にエアバッグを置くという自動車メーカーの車両設計ミスにも異常爆発の原因の一端がある、と指摘したことも無視できない。自動車メーカーとタカタのあいだで深まっていた亀裂を決定的なものにする要因になったからだ。