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義足の選手がオリンピックに出たらダメな理由は何ですか?

健常者が心の中に持つ「ある意識」

「障害者の方が健常者よりもいい記録を出せる時代が来る」――。そう語るのは義足エンジニアの遠藤謙氏だ。実際、男子走り幅跳びの記録は義足の選手の方が高い。

ベストセラー『五体不満足』の著者でコメンテーター・スポーツライターとしても活躍する乙武洋匡氏が、そんな義足の世界の魅力を遠藤氏にインタビューする。

取材・文/友清哲

義足か車椅子か

乙武洋匡 遠藤さんはパラリンピックで俄然、注目を集めるようになった競技用義足の開発に携わられていますが、そもそもこの分野に取り組むことになったきっかけは何だったのでしょうか?

遠藤謙 義足に関心を持つようになったのは、親しい友人が事故で足を失ったことが大きかったですね。そこで、少しでも同じ境遇の人たちの役に立ちたいと思い、渡米してマサチューセッツ工科大学に進みました。

研究室の先生も義足で生活している方だったんですが、義足でロッククライミングをやったりする非常に格好いい人で、障害者に対するイメージががらりと変わったんです。

乙武 障害を自然に受け入れて暮らしていらっしゃる先生だったんですね。

遠藤 そうなんです。義足のことを自らイジってネタにするような、乙武さんみたいな先生で(笑)。「義足に変えたら体重が軽くなって、脚をつけたままじゃ登れなかった岸壁を登れるようになった」なんて言うような方ですから、周囲も過剰に気を遣わず、彼が障害者であることもほとんど意識していませんでした。

遠藤謙義足エンジニアの遠藤謙氏

乙武 こういうのは慣れが大きいですよね。身近に障害者がいない環境の人だと、「笑っていいのかな」となるけど、普段から接していれば、何の躊躇もなくアハハと笑えるようになる。

遠藤 統計によると、下肢切断という障害を抱える人は、国内に6万人ほどいるそうです。しかし大部分は高齢者で、たとえば糖尿病などで足を切断しなければならなかった方も少なくありません。そしてこれらの人々は、欠損した状態のまま生活する人、車椅子を使う人、義足を使う人に分かれるわけです。

乙武 じつは、私は今でこそ車椅子のイメージが定着していると思いますが、7歳くらいまでは義足の訓練をしていたんです。両親が「将来的には義足で歩けたほうが車椅子よりも便利だろう」と考えたようで。ところが、今から30年以上前の義足というのはまだ未発達で、バランスも取りにくい、松葉杖なしで歩くことは難しいような代物だったんです。

遠藤 そうでしょうね。四肢がどの部分まで残っているか、筋肉がどのくらい備わっているかなど、前提条件によっても変わってきますが。

乙武洋匡氏乙武洋匡氏

乙武 私の場合、松葉杖を握ることもできないし、手をつくこともできないので、とにかく転ぶことが怖かったんです。

しばらく訓練を続けたものの、この短い大腿とお尻でそこそこ動けるし、短い腕で食事をしたり、文字を書いたりすることもできるようになってきたので、義手も義足も訓練をやめてしまいました。もしも当時、今のように使いやすい義足があったら、車椅子よりそちらを選んでいたのかなと、たまに想像しますよ。

遠藤 ところが、義足の分野は長らく技術的なブレイクスルーがなかったので、ここ数十年、あまり事情は変わっていないんです。

義足が急速に進化し始めたのはつい最近、ロボティクスの技術が取り入れられてからのこと。乙武さんが義足の利用を断念したのも、ひとえに技術が未熟であったためですが、今後は少し事情が変わってくるんじゃないかと思います。

 

乙武 すると、今後は車椅子よりも義足を選ぶ人が増えていく可能性も?

遠藤 そうですね。ただ、車椅子のメリットは大きいので、なくなることはないと思います。仮にまったく動けない人であっても、車椅子で移動して視界を動かすことは、脳にとって非常に重要なんです。

静止画より動画から得られる情報量のほうが多いですし、奥行きなどの空間を認識するためには視点を動かさないといけない。なにより、障害者だからといって外に出られなかったら、つまらないですよね。

乙武 40年近く車椅子に乗っていますが、そんなこと考えたこともなかった(笑)。ちなみに車椅子を操作する感覚はある程度持ち合わせているつもりなのですが、「義足を使いこなす」というのは、やはり大変なことなのでしょうか?

遠藤 そうですね。僕が日頃関わるのは運動神経のよいスポーツ選手ばかりなので、比較的スムーズに使いこなす人が多いんですが、一般の方はなかなかそうもいきません。