Photo by iStock
週刊現代

芥川賞作家・山下澄人さんが明かす「僕の読書体験」

小説はそれほど読んでいなくて

カフカとルルフォの共通点

実は僕、小説はそれほど読んできていないんです。ずっと、退屈とか暗いといった先入観があったんですよね。ところが、数年前に『ペドロ・パラモ』をたまたま読んだとき、それまで小説に抱いていたイメージが一変。こんなに面白いものがあるのかと驚きました。最後までなかなか読み通すことができなかったんですがあるとき、突然、スルスルと一気に読めてしまったのです。同様の体験をカフカの『』でもしています。

ペドロ・パラモ
城

この本と『城』に共通するのは、読み手から歩み寄っていく必要があるということ。作者が、読者におもねってないんですね。

例えば『ペドロ・パラモ』は、生者と死者が混然一体となったような南米の町が舞台で、誰のものかわからない亡霊たちの「声」が差し挟まれます。最初はとっつきにくいけど、何度も読むうちに、この書き方しかなかったんやなって腑に落ちるんです。

 

2作とも、どこから読んでもいい本でもあります。通して読めばそれなりの筋はあるけれど、筋を追わなくても十分に楽しめる。各場面の瞬間、瞬間が輝いているんです。『城』なんて未完で終わっているんですけれど、全く気になりません。

人って本来、その瞬間を生きているものだと思うんです。だけど、それをありのままに描くと、あまりにも取りとめがなくなってしまうから、脈絡をつけたくなるし、解説をする。でも、そうすることで殺がれるものって絶対にあるんです。

だから僕は、話をうまく「まとめる」という姿勢から離れたところで書かれた本に惹かれます。ベケットの『ゴドーを待ちながら』も、その類いの戯曲です。

会ったこともない、見たこともない、人なのかどうなのかもわからないゴドーを待ち続けている2人の浮浪者が、他愛もない会話やゲームに興じる、その様が、じわじわと可笑しい。考えてみると、僕らが普段している会話のほとんどが、意味のないものですよね。

ゴドーを待ちながら

初演のときから賛否両論のあった作品です。作者のベケット自身は、当然、全部面白いと思って書いているわけですが、一部の熱狂的支持を生む一方で、大多数の無視あるいは無理解も生じた問題作でした。観る人を選び、受け取り方が極端なのも、興味深い作品です。

ゴダールと『ロッキー』

瞬間を描くタイプの小説のほかに、もう一つ好きなのが、ベタにいい話。4位に挙げたサロイヤンの『人間喜劇』はこのタイプの作品ですね。

人間喜劇

戦争中に電報配達をする少年の切ない物語が、衒いなく描かれている。狙いや意図を少しでも嗅ぎ取ると、読者は冷めてしまうものだから、これだけベタで心打つものを書くサロイヤンは“天然”な人やったんやろうな、って想像しますね。

一方、書くことは極めて意識的で、言ってみれば“反天然”の行為。相反する二つの才能を同時に持った稀有な作家だと思います。

ハックルベリイ・フィンの冒険』と漫画『がんばれ元気』は子どもの頃に読んで、強く印象に残っている作品です。どちらもわかりやすく直球ど真ん中。父を亡くした元気が、父の夢を実現すべくボクシングの世界チャンピオンに登りつめる『がんばれ元気』にはめちゃくちゃハマりました。