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エンタメ 週刊現代

「二重の大きな瞳」「高い鼻」なのに"醜女”ってどういうこと?

歴史小説の名手が平安時代末期を活写

歴史小説の名手・伊東潤さんの新作『悪佐府の女』は、藤原道長の子孫である頼長の権力闘争の道具として使われた栄子の運命を通じて、歴史の転換点をダイナミックに描いた作品だ。ご本人に今作の読みどころを伺った。

歴史活劇と「源氏物語」と

―平安時代末期、「悪左府」と畏怖された藤原頼長は、時の天皇・近衛帝に養女・多子を嫁がせ権勢を振るっていた。そんな頼長がある企みのため、下級貴族の娘・春澄栄子を多子の元へ出仕させるところから物語は始まります。

歴史小説といえば、戦国時代や幕末・明治維新期を描いたものがほとんどで、平安時代を描いたものは、さほど多くありません。さらに女性、しかも架空の人物を主人公にすることは、自分にとって大きな挑戦でした。

―栄子は「名にし負う醜女」。平安時代、女性は目は細く切れ長、鼻は低く下膨れの顔が美しいとされた。対して、主人公の栄子は、二重の大きな瞳、鼻は高く頬の線ははっきりとし、小麦色の肌をした女性です。

いまの時代の価値観なら、栄子は美女なんです。人は、その時代の価値観に左右されがちで、自分自身の心の目で美醜を見極めることをしません。それも本作の大きなテーマの一つとなっています。

本作では、まずタイトルを思いついたんです。頼長の異名「悪左府」を使ったタイトルで何か書けないかなと思ったのが最初でした。頼長は今でいうLGBTで、性の対象が女性ではありません。そんな「悪左府」に、「女」と続けたら意外性があって面白い。そこで架空の人物を主人公にしようと思いつきました。

頼長は、自ら手をつけることのない女性を利用し、目的を達成しようとするわけです。そうだ、娘の多子に仕えさせよう。近衛帝は琵琶の名手だったから、女も琵琶の弾き手にしよう……と次々設定が固まりました。

 

―宮廷での女たちの生活だけでなく、摂関政治での権謀術数、武士が中心となる活劇と、読者が楽しめる要素がふんだんに盛り込まれています。

今回は自分の強みであるピカレスク的な要素、斬新な歴史解釈、物語展開の妙だけでなく、「源氏物語」のような、女性の美しさやたくましさ、恋愛ドラマといった要素を盛り込みたかった。

読者に飽きずに楽しんでもらえるように、物語の序盤は女性の嫉妬が渦巻く宮廷ドラマ、中盤は権力を巡る駆け引き、そして終盤は武士たちが暴れまわる歴史活劇というように構成に変化をつけ、さらに、そこにミステリー要素など「仕掛け」を盛り込んでいきました。

―藤原頼長は、栄子と並ぶもう一人の主人公と言えますが、有能な人物にもかかわらず、武士の台頭という時代の波に飲み込まれていきます。

この物語の前提として、頼長と実兄の藤原忠通との間の争いがあります。頼長が養女の多子を近衛帝の皇后にしたのに対し、忠通も養女の呈子を中宮(皇后と同格の妻)にし、それぞれ世継ぎを先に産ませ、外戚の座を得ようとする。権力のためには手段を選ばない二人の争いに、栄子の運命は翻弄されていきます。

藤原道長の子孫にふさわしい、ドロドロした物語ですが、内向きの権力争いに血道をあげているうちに、武士たちは着々と力を付けていた。それを侮ったがゆえに、頼長は窮地に追い込まれていきます。

頼長は優秀なのですが、惜しむらくは「大局観」がない。戦国時代でいうと、石田三成のような人物です。三成の場合、徳川家康が死ぬのを待てばいいのに、関が原の戦いを起こし、豊臣家の命脈をも縮めてしまう。頼長も焦りが焦りを生み、打つ手がすべて裏目に出て自滅への道をひた走ります。