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エンタメ 週刊現代 恋愛

又吉直樹の『劇場』を読んで、佐藤優氏が感じたこと

人間の本性とはなにか、という問い

作家・又吉直樹の功績

若い世代に小説を読む機会をつくっているという点で芸人の又吉直樹氏は読書界で重要な役割を果たしている。

『劇場』のストーリー自体は、比較的単純だ。関西から出てきた演劇青年の永田が、女優を夢見て青森県から出てきた沙希と出会い、同棲し、別れる過程を描いた恋愛小説だ。もっとも恋愛小説であるにもかかわらず、又吉氏はセックスに関する描写を徹底的に避けている。永田と沙希はセックスレスではない。セックスの描写を避けることで、性愛以外の愛の可能性を又吉氏は強調したかったのだと思う。

ギリシア語では、性愛を含む何かに渇望する愛をエロースという。これに対して、見返りを求めずに一方的に与える愛(例えば神の愛)がアガペーだ。

 

『劇場』で強調されているのは、人間と人間が真に理解し合う友情から生じる愛を意味するフィリアだ。永田と沙希の間には性愛はあっても、お互いに心の底から理解し合うことができない。その根本的な原因は、永田と沙希の発する言葉から悪が生み出されるからだ。

具体的にテキストを読み解いてみよう。喫茶店で永田が、演劇をやる青山(女性)から沙希に関する話を聞く。

〈「沙希ちゃんにね、彼氏がいるっていうのは聞いてて、沙希ちゃんがすごい彼氏のこと褒めるんですけど、みんなで具体的に話を聞いて行くと『最低じゃねえかよ』ってなって、それが永田さんだったっていうのがおかしくって」

青山は面白くて仕方がない様子で、声を出して笑いそうになるのを腰を曲げることで懸命にこらえていた。

「デートの時にコンビニで高菜おにぎり買って食べたって本当ですか?」

「うん」

「えっ、なんで? マジでウケるんですけど」

腹が減ったから、食べただけだ。そんなに笑い続けるような話題でもない。

「でも、なんで沙希ちゃん、彼氏が演劇やってるって言わなかったんだろ」

そう言われてみればそうだと思ったが、沙希が服飾の学校に通っていた時から、知り合いに自分のことを話されるのを僕が嫌っていたからだと思う。もしかすると僕が誰かに馬鹿にされるのを沙希自身も恐れていたのかもしれない。自分のいない所で話されることなんて悪口に決まっているのだから想像しただけで苦しくなる〉

この会話には、悪意が積み重ねられている。デートの時にコンビニで高菜おにぎりを買って食べたということを強調することで、青山は永田が金に困っていてかつ沙希の気持ちを考えていない男だということを言外に非難している。

また、沙希が、永田が演劇に従事していることを告げなかったということで、「沙希はあんたを演劇人として認知していないよ」という意味を醸し出している。

もっともビジネスパーソンが居酒屋で誰かの噂話をするときも、このような悪意が含まれていることがよくある。感受性の強い永田は、後で沙希を詰る。