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脳梗塞の後遺症「マイナス感情への拘泥」が、僕と彼女を苦しめた

されど愛しきお妻様【15】

41歳で脳梗塞で倒れたルポライターの鈴木大介さんが、「大人の発達障害さん」のお妻様とタッグを組んで過酷な現代社会をサバイブしてきた18年間を振り返る本連載。些細なことで喧嘩をしてしまった鈴木夫妻。お妻様は「逆ギレ」し自室に引きこもってしまいますが、実は……。

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二人三脚の試行錯誤

高次脳機能障害を支えてもらいながら、自身の障害をベースに大人の発達障害なお妻様を理解し、家庭の改革をしてゆく。二人三脚の試行錯誤を繰り返すうちにも、僕自身の障害は徐々に徐々に、本当にゆっくりと緩和・解消していくことになった。

だがここで自分でも呆れたのが、せっかく自身が当事者としての辛さを味わうことで、お妻様を初めとする「不自由な人たち」の気持ちを本質的に理解できるようになったはずなのに、自身の障害が緩和されるとその不自由の記憶や当事者感覚が驚くほどのスピードで失われることだ。

 

それまでの社会的弱者への取材と執筆活動の中でも、「可視化されない苦しさに対する想像力の欠如こそが解消されぬ格差社会の元凶」などと主張してきたはずの僕が、ほんの少し前まで自分を苦しめていた痛みの感覚を忘れてしまう。当事者感覚とは、かくも脆弱なものなのだ。

脳梗塞と高次脳機能障害の記憶は本当に辛いものだったけど、贅沢にもお妻様の全面的支援を受けることが出来た僕は、本音で脳梗塞になれて良かったと思い、病前のパーソナリティに戻りたくないと思った。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というが、僕は喉元過ぎても「熱さを忘れない」誓いを、強く自分に課すことにした。

大丈夫か? 自身の障害が緩和されてお妻様の気持ちが再びわからなくなってはいないか? そう自らに問い続ける日々。けれど一方で、自身の障害が緩和したあとになって気付いたお妻様の苦しさというものもある。

それは脳梗塞発症から1年半以上が経過した春の土曜。僕とお妻様は、ちょっとしたことがキッカケで久しぶりの喧嘩をした。お妻様にはたまに相手の立場に立って物を考えるのが苦手なときがあって、その時の喧嘩の種がまさにそれだった。

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「お妻様、来月○日の日曜日、KさんTさんと一緒に、食事に行くよ〜」

「え、その日ってRさんたちと会う予定じゃなかった? なんでRさんたちのこと優先しないの?」

このやり取りだけで、僕は激昂してしまった。Kさんは余名宣告を受けている末期がん患者で、そのことはお妻様も知っているはず。KさんTさんと一緒に食事をする機会は、ここを逃せばもう訪れないかもしれないのだ。Rさんたちも大事な友人だが、どう考えても優先順位はKさん。なぜその気持ちを分かってくれないのだろう。感情があふれた。

「もういいよ」

「でもRさんたちも大事じゃん」

「だから、もういいよ! Kさん来年の今には生きてないかも知れないんだよ。わかってくれないなら、もういい」