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資産700億円!ナニワの大富豪の芸能界「タニマチ伝説」

葬儀には北島三郎も駆けつけた

星野仙一からクラブのボーイまで、あらゆる人間を虜にしてきた大阪の大金持ちが死んだ。「棺を蓋いて事定まる」というが、2000人を葬儀に集められたのは、カネの力だけでなかったようだ。

数百万円が内ポケットに

大阪市の本願寺津村別院(北御堂)で行われた葬儀は、「タニマチ」の称号を持つ男にふさわしい、壮観なものだった。

マスコミはシャットアウトの厳戒態勢のなか、通夜・葬儀には2000人が参列。芸能界からは北島三郎、桂文枝、スポーツ界では星野仙一に吉田沙保里、政界は北側一雄(元国交相)、馳浩(元文科相)といった著名人が姿を見せた。6月8日の告別式で弔辞を読んだのは、北島、星野、それに前東京芸大学長で文化庁長官の宮田亮平だ。

「EH(エクセルヒューマン)」創業者・深江今朝夫(享年73)。一般的な知名度はそれほどないが、'04年分の高額納税者ランキングでは大阪府で1位(全国7位)、本誌が'12年に調査した特集『日本の大金持ち1000人』でも、関西No.1の高額所得者としてランク入りした人物だ。

推定年収は約20億円、推定資産700億円。桁違いの「カネ持ち」である。

「北新地での豪快な飲み方は有名でしたね。タニマチとして面倒を見ていた北島三郎さんと、10人くらいの大人数でクラブに現れる。100万円くらいの支払いになるのですが、北新地に知り合いが多いため、知った顔を見つければ『おまえも一緒に付いてこい』と、気がつけば50人を超す人が一緒に飲むことになる。

支払いはすべて深江さんもちですが、一晩で1000万円になったという話は伝説化しています。かつてはスーツの内ポケットに数百万の現金を入れて、キャッシュで支払っていた」(大阪・北新地のクラブ関係者)

 

'44年に宮崎県串間市に生まれ、17歳で大阪に出て、定時制高校に学びながら理髪店向けのはさみを扱う卸売りの営業マンとなる。'64年、20歳にして呉服や寝具、装飾品などの販売会社「EH」を創業し、財をなした。

「デモインフォマーシャルという商法です。全国各地に半年限定の仮店舗を設営し、30万円くらいの温熱布団や宝石を郊外の富裕層に売っていくんです。はじめの数ヵ月で商品サンプルとかお菓子のような景品を無料で配りながら商品説明をして、納得した人たちに商品を売る」(元社員)

同社によれば「『催眠商法』と誤解されてしまうことがあったが、行政処分も裁判沙汰も一切ない」という。今年創業53年を迎えたEHグループ全体の年間売上高は約500億円だ。

深江の通夜、告別式で最前列に座り、じっと遺影を見つめていたのが北島三郎だ。同社のロングセラー商品の布団マットを深江がプレゼントしたところから、付き合いが深くなったという。深江の秘書を16年務めた橋本麗子氏が振り返る。

「北海道から片道切符で上京した北島先生と、宮崎から裸一貫で大阪に出てきた(深江)会長は、境遇も似ているから、心でつながる同志になったのだと思います。お客様向けのディナーショーや新年の出陣式には、かならず北島先生にお越しいただいています」

北島に惚れ込むあまり、深江は'02年には北海道函館市に「北島三郎記念館」をオープンさせている。

EH主催の「グランドフェスティバル」は、優良顧客900名を招待して、高級商品を販売する毎年恒例のイベントだ。'15年10月に帝国ホテル大阪で開かれた記録映像を見ると、北島は弟子の演歌歌手北山たけしとともに「まつり」を熱唱し、曲の終盤では「これがEHまつりだよ~」と歌詞を替えて歌っている。

北島はイベント終了後も、バスに乗り込んだ客たちに「また来年会うからね」と深江とともに手を振って見送った。

深江の死後、北島の落胆は激しく、「俺より年下なのに、寂しい」と周囲に漏らしている。