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「脳が壊れた」夫妻・同棲から16年目の家庭内大改革

されど愛しきお妻様【14】

41歳で脳梗塞で倒れたルポライターの鈴木大介さんが、「大人の発達障害さん」のお妻様とタッグを組んで過酷な現代社会をサバイブしてきた18年間を振り返る本連載。「ようやくあたしの気持ちがわかったか」とお妻様。鈴木家の大改革が始まります。

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とにかく探し物が見つからない

「ようやくお妻様の気持ちがわかったよ!」

夫婦共同で家事を行っていく試行錯誤は、大人の発達障害さんであるお妻様を理解する旅であり、高次脳機能障害を抱えた自分への自己観察でもあった。

脳梗塞後の僕に残った主な障害は、注意障害、遂行機能障害、作業記憶の低下、そして情緒障害。言うまでもなく、それは障害名そのものがお妻様が子どもの頃から抱えてきたものと大きくオーバーラップする。

ならば、僕自身がそれぞれの障害で「出来なくなってしまったこと」を考察し、なぜ出来なくなってしまったのかを考え、だったら「どうすれば出来るようになるのか」をお妻様に転用すれば、お妻様もそれまで出来なかったことがやれるようになる筈だ。

そして、こうした試みは同時に、僕自身が自分に残存した障害を受容し、その不自由感や苦しさを緩和するための大きな手助けともなった。 

例えば注意障害について。もちろん病前から取材活動の中で発達障害についての書籍を多く読んだり研究者や当事者の取材などもあったから、普遍的な症例である注意障害についての事前知識はたっぷりあったと思う。

けれどある程度定型発達だった(筈の)僕がいきなりその当事者の立場にぶち込まれてみると、想像と実際はかなり異なっていた。左半側空間無視があった病後の僕は視界左側の認識力が失われたが、それが解消後も注意障害はしばらく強く残った。

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とにかく困ったのは、探し物が見つからないことだ。財布、鍵、筆記用具や台所用品など。1日の中で探し物に費やす時間があまりに多すぎて、様々な物の定位置を改めて作り、部屋の各所に小物置きなどを増設することで対策したが、問題はその探し物が見つかったときの感覚だ。

それは、じっと見続けていると意味のある絵柄が見えてくる「隠し絵」「騙し絵」を彷彿させる感覚だった。物を探そうとして必死に集中して机などをみてもお目当ての物は見つからないのに、逆にちょっと脇目を逸らそうとしたり、逸らした目を元見ていた場所に戻した瞬間などに、探し続けたはずのその場所に、なかったはずの探し物がこつ然と視界に現れるのだ。

あまりにふっと現われるものだから思わずドキッとするほどだが、一度気付いてしまえば、その物はそこにあり続ける。まさに隠し絵の感覚だが、この「必死に見ても見つからないものが、ふっと現れる」という実体験を1日に何度も繰り返したことは、大きな理解を僕に与えてくれた。

人は視野に入るものすべてが見えているわけではなく、そこにものがあると認識して初めて「見えている」なのだということが、身をもって理解できた。その感覚を当てはめると、改めて出会ったころからのお妻様の困った行動にも説明がつく。

 

例えばなぜお妻様は、何度注意しても中身の入った飲み物のコップやハサミなどの刃物を、床の上に置きっぱなしにしてしまうのか。そしてなぜ彼女は、ものが置いてある上に平気で座ってしまうのか。

あれは、そのものが「視界に入っているけれども認識されていない」からなのだ。僕が「お妻様、お尻の下に何かない?」「床に置いたら駄目なもんが置いてない?」と僕が指摘した時点で、そのモノがお妻様の視界に「ふっと現れている」のだ。