2014年のAPECサミットにて〔PHOTO〕gettyimages
国際・外交 中国 香港

中国から見れば、「香港返還」以来の20年間は誤算の連続だった

変形する「一国二制度」と香港の未来

習近平の危機意識

2015年12月23日、香港政府のトップである梁振英行政長官は、北京を訪れた。毎年恒例となっている、中央政府への職務報告のためである。

前年までの職務報告では、外国の賓客を迎えるときと同様に、中国国家主席が香港行政長官と並んで座るのが慣例であった。

しかし、この年の職務報告は、これまでとは様子が違っていた。

習近平国家主席はこのとき、あたかも取締役会における社長のように、一人で正面の位置に座り、「重役」の梁振英行政長官を、他の中央政府の関係者たちとともに横に並べて座らせ、その報告を聴取した。

中央政府と香港政府の主従関係をことさらに明確にビジュアル化した上で、習近平の口から出たのはこのような言葉であった。

「近年、『一国二制度』の実施において、新しい状況が生まれている。中央政府は、全面的に正確に『一国二制度』を実施し、変形し、姿が崩れることのないよう堅持する。」

「変形せず、姿を崩さず(不変形、不走様)」――習近平がこのような発言を行ったことからは、中央政府の強い危機感を読み取ることができる。

わざわざこう述べたことは、「一国二制度」が変形してしまったか、あるいは変形してしまう危機にあるという、習近平の認識の現れにほかならないからである。

この20年来、香港では民主派が、北京は「一国二制度」を守らないと、ことあるごとに叫んできた。しかし、北京の目から見ても、香港の「一国二制度」は、彼らが想定してきた理想からはかけ離れてしまっているのである。

「新しい状況」とは、この発言の約1年前、若者らが79日間香港の幹線道路を占拠し、民主化を求め、中国にとって「天安門事件以来の危機」とも称された「雨傘運動」を指してのことであろう。香港は中国の危機の一つの源泉として数えられるようになってしまっていた。

「雨傘運動」元リーダー・黄之鋒氏〔PHOTO〕gettyimages)

7月1日、香港は中国への返還から20周年を迎える。その間の香港の変化を語る際、キーワードとなるのは「中国化」である。

急速な中国経済の発展と、それに伴う政治的・軍事的な台頭を前に、小さな香港がその力に屈し、あるいは自らその勢いに迎合して、姿を変えて行くことを、郷愁や嘆き、時に怒りの文脈で論じる際に、「中国化」は枕詞として使われる。

しかし、この20年の香港の歩みは、一方の中国にとっても、実は少なからず誤算の連続であった。

北京は何を問題視しているのか。そして、それを踏まえて、北京はこれからの香港を、どのようにしたいと考えているのであろうか。