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築地市場を「第二の新国立競技場」にしてはいけない

徹底議論・築地再生は可能か

「築地再整備」を小池百合子都知事が表明してから、巷では「荒唐無稽だ」という批判が渦巻いている。しかし、誰一人として築地市場の歴史、そして代わりのきかない文化的価値について触れようとはしない。

かつて人類学の泰斗レヴィ=ストロースは、築地を訪れ「夢のようだ」と感嘆を漏らした。もし彼が現在の議論を目にしたら、何と言うだろうか。

人類学者の中沢新一氏、建築エコノミストの森山高至氏が、「築地とは何か」そして「どうすれば築地を再生できるか」を徹底討論した、特別対談をお届けする。

経済学では理解しきれない

中沢 築地市場に関する議論で、今すっぽりと抜け落ちてしまっているのが、「築地がもつ文化」という論点です。市場移転問題については、さまざまな分析が行われてはいますが、経済学的な観点からなされた「計算」の中には、築地のもつ文化的価値や、築地が培ってきた信用は入っていない。ここにある意味で、経済学が抱える最大の問題が露呈しているようにも思います。

これまでの議論では、金銭的なコストばかりが語られてきました。でも、そもそも築地というのがどんな場所で、築地市場がどんな価値を秘めているのか、ということはほとんど語られていません。

また、森山さんはずっと以前から築地市場の改修利用を主張されていて、しかも仲卸業者が営業しながら工事することも可能だとおっしゃっています。私が森山さんとお話ししたいと思ったのは、それは具体的にどんな方法で可能なのか、ということをお聞きしたかったからです。

森山 築地の文化的側面については、中沢先生のほうがお詳しいでしょうけれど(笑)、僕も先生と同じく、築地にはお金の計算では決して推し量れない、明文化されていない「何か」が埋まっていると思います。

そういう場所は、かつてはたくさんあったと思うんです。世界中にも、日本中にも。例えば神社のお祭りもそうでしょうし、市場もそうでしょう。

 

築地のいちばんの特徴は、きわめて始原的な「市場の原型」のようなものが、綿々と受け継がれて現代まで残った結果、一周回って最先端になった、という点だと思うんです。世界中の観光客が毎日築地を訪れているのも、単に物珍しいから来ているわけではなくて、こうした築地の特異性をなんとなく感じとっているからではないでしょうか。

築地市場は一見すると日本のローカリズムの極みのように見えるかもしれないけれど、実はグローバリズムの象徴だと思うんです。築地には日本中だけでなく、世界中から水産物が集まってくる。アフリカや、北米や、ノルウェーから集まってきた多様な品物が、築地市場で仲卸業者によって選別され、切り分けられ、魚屋さんや料理屋さんに渡っていく。

金融やITの世界だと、グローバル経済といっても、やりとりされているのはあくまで電気信号や情報ですから目に見えないですよね。でも築地市場では、それが水産物という具体的な「モノ」として存在していて、それを人間が扱っている姿をこの目で見ることができる。それを、世界中の観光客が築地を訪れて実感している、ということではないかと思うんです。

世界中の人が築地に注目しているのは、「日本文化の象徴だから」というだけの理由じゃなくて、「可視化できないはずの領域」が築地では可視化されているからではないか。さらにそれが、最新鋭の建築ではなく、80年前に建てられたノスタルジックな建物の中で展開しているというのも、大きな魅力なのではないかと感じます。

言葉が分からなくても、築地の価値は分かる

中沢 外国人観光客の中には、日本語があまり分からない、日本文化に関する知識もそんなにない、という方も少なくないでしょう。でも、そういう人たちも、築地市場を訪れるとものすごい衝撃を受けたり、感動を味わったりするわけですね。その理由は何なのかということを考えると、やはりこの場所には、単なる観光地とは異質な価値がひそんでいるのだろう、という結論に至ります。

人類学者のクロード・レヴィ=ストロース(1908〜2009)はおよそ40年前に築地を訪れ、たいへん感動して、このように述べています。

〈知らない国へ行って、そこの人間を取りまく自然や、人間と自然との関係をできるだけてっとりばやく、集約した形で見たいと思ったら、一番になすべきことは市場へ行くことです〉

〈築地はほんとうにすばらしい所です。私には忘れられない、まったく夢のような日本の思い出です。物の豊富さといい、その多様性といい、並べ方の美しさといい……私にとっては、世界の博物館の全てに匹敵しますね〉

〈日本の市場が与える繁栄、豊富さ、多様性の印象は、全く信じられないほど強烈です。たいへんなものですよ。はじめは、この印象はエグゾティズムのなすわざで、パリにきた日本人もフランスの蚤の市を歩けば同じ豊かさの印象をもつだろう、ものが異なるからそんな印象が生ずるのだろうと考えたこともありましたが……でも実際はそうではないと思います〉(大林組社内報「季刊大林」18号、1984年より)

世界中の市場を訪れ、研究してきた彼が「築地ほど素晴らしい場所はない」と言っている。その意味は何だったのかということを、今度は日本人自身がちゃんと考えなければなりません。

森山 こうした議論はほとんど都庁内では行われていませんでした(注・森山氏は今年5月まで東京都の市場問題PT専門委員を務めた)。築地は重要な観光地だ、という程度の認識はあるようですが……。

中沢 以前、東京都の観光に関する有識者会議に出席した方から聞いたんですが、委員は大企業の重役ばかりで、文化や歴史に関してはほとんど触れられなかったそうです。

森山 そもそも築地市場が観光地化しているということ自体、オフィシャルに認められているわけではないですからね。本当は一般の人は入っちゃいけないけど、黙認しているという状態なわけで。もともと築地市場は、プロしか集まらない、専門家しか来ない特殊な場所だった。

かつての築地は、不用意に足を踏み入れれば怒られそうで、観光客はとてもじゃないけど入れないような雰囲気でした。今みたいに、世界中から人が集まるなんてとても想像できなかった。もちろん場外市場には一般の人もいましたが、それも専門家の延長線上という感じの人が多かった。