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格差・貧困 ライフ

「意識高い系」AV女優のザンネンな恋愛

女のだらしなさには大変厳しい彼女たち

鈴木涼美さんが独自の夜人脈を駆使して「オンナのおカネの稼ぎ方・使い方」について取材考察する本連載。今回は鈴木さんが出会ったある「意識高い系」系AV女優さんについて。そもそも何で「意識高い系」なのにAV女優やってるの?

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言いたいことは結局「私って素敵な人」

意識高い系という言葉が否定的な意味で使われだして久しい。

おそらく、留学経験や社会人とのネットワークに余念がないピカピカの就活学生を指していたと記憶しているが、SNSの急速な定着に伴い、朝っぱらから集まって勉強会を開いたり色んなイベントに顔を出して人脈を広げたり、自分磨きという名の消費が大好きな、ちょっとバカな人を指すようになった。

当初は、私はこの蔑称を嫌っていた。なんというか、一生懸命な人々、とりわけ就活のために頑張ってしたくもない留学をしたり海外ボランティアに参加したりピースボートに乗ったりする人を、努力も散髪もしていないネット住民が、影でこそこそバカにしている感じがして、皮肉というより捻くれたものの見方だと思っていたからだ。

 

そもそも、一生懸命やる、というのが嫌われすぎた結果のゼロ成長社会で、しかもとんでもない人口減を控える我が国では、皮肉を言っている場合ではない。斜めから見ずに汗水垂らして働くのが正解である。

ただ、確かにSNSをふらついてみると、酵素玄米を使った料理をわざわざ女子たち5人で集まって作っていたり、本人とは到底結びつかない偉い人と友達アピールをしていたり、仕事の後にルブタンで港区を闊歩し、無駄におしゃれなサラダを出すカフェで集まって有志たちでアプリ開発会議をしていたり、綺麗事を絵に描いたようなブログをやっていたりと、自己プロデュース力だけで出来ているような人たちがいて、この人たちを皮肉る言葉としてはよく出来ているような気もする。

基本的にこの方々、している努力はもちろん尊いものだとは思うのだけれども、言っていることは変わらず、「私は素敵な人」ということだけである。

そんなことは、基本的に人から頼み込まれるほどビッグな存在の人が、よほどユーモアに溢れる文体で書かなければ、いや、ユーモラスな文体で書いたとしても結構痛々しくなりがちである。そもそも人から言われてなんぼのことを自分から必死にアピールするのは、普通なら気がひける。

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別に昔から「私は素敵な人」と思っていた人はいくらでもいただろうが、バーチャルとリアルが入り混じるSNS空間だからこそ、自己アピールのタガが外れ、もはやテレビタレント以上に、写真に写る自分の姿のためにあくせく努力している感が否めない。

勉強するのはいいけれども、勉強しているよ!とキラキラした目でインスタグラム越しに言われても、こちらに生まれるのは冷笑だけである。

インスタ中毒の意識高い系女子たちは一見、下品な夜の街には無縁に見えるが、実は安易でキラキラした意識高い演出をするにはオカネがかかるので、夜職に流れる学生も多い。

で、熟成肉食べる食事会でダイアンフォンのドレスなどをさりげなく着こなし、大人の嗜みとしてソムリエ教室などに通い、休日にはこそこそ交際クラブで金持ち漁りをして、10万円ぽっちでセックスを捧げていたりする。

そして、交際で出会ったお金持ちだけれども若干息が漢方薬臭いおじさんに連れられて行ったペニンシュラのラウンジのテーブルを、さも友人とふらっとお茶をしに寄ったかのようにインスタにアップしたりもする。

そしてそれを見た別のワナビー女子が「みんなこんな素敵な日常を送っているのか」と焦り、同じような日常を送るために風俗で働き出したりもする。