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エンタメ 週刊現代

マゾヒズムのモーム、パロディのコンラッド…大作家の新たな魅力

若き日の耽読を振り返って

サマセット・モームは何者か

モームの謎』(行方昭夫著)によると、日本では1950年からの10年間がモーム・ブームだったとあり私がサマセット・モームに夢中になったのもその時期と合致する。

本書は、モームは本当に医者だったのか? 女嫌いだったのか? 結婚と離婚の真相は? 等々の文字通りモームの謎とされるところ十二項目を並べて、極めて取っつき易くその「人と文学」を解説している。

モームには生来の吃音症があり、自伝的作品と言われる『人間の絆』(中野好夫訳)の主人公フィリップを、足が不自由な設定にしたのは、そのコムプレックスを投影させたものだとされている。へーえ、こんな長尺、大部なものだったのかとタジタジとなり再読。

人間の絆

身体的な障害者というイメージが往時には異物のように付き纏って純真な読者であった私を苦しめた。現在のすれっからしの脚本家には、吃音のコムプレックスをフィジカルな障害に置き換えたのも仕方がないと許容できる。仮に主人公がいちいち吃る台詞を書くとすれば、煩雑なばかりでなく文体的にも著しい混乱をきたすだろう。

ミルドレッドという女の印象が強烈過ぎて、ほかの殆どは消し飛んでしまっていた。

 

悪女に魅かれる男

主人公を歯牙にもかけないでいて、陽気そうなドイツ男と結婚してしまい、二度目に会ったときにはその男に捨てられ、しかも妊娠している。美貌ではあるが嘘つき、無教養な癖に見栄っぱりのお体裁屋、想像力のかけらもなく金だけが目宛ての厚顔無恥、忘恩の悪女。

ノラという年上女の恋人がありながら、フィリップは援助を惜しまない。「ノラとともに幸福であるよりも、ミルドレッドと不幸であることのほうがうれしかった」のだ。

ノラの書いた婦女子に俗受けする三文小説をミルドレッドが、「あたし、この人の小説、大好きなの」などと言いながら読んでいる図は、かつて日活ロマンポルノで書いたひと齣のような気さえしてくる。こんなおぞましい女のどこがよいのか。

「彼女を憎み、かつ軽蔑した。そのくせ、心の底から愛している」というアンビヴァレンツな情動は西洋人ならではのものではないかと引けていたが、実はその深層にはマゾヒズムが潜んでいた。

ミルドレッドとのパリ旅行を計画していた矢先に、同じ下宿人グリフィスに寝取られ、屈辱にのたうちながらも、フィリップは旅費として用意していた金を裏切り者たちにくれてやるのだ。この自虐によって、絵に描いたような二律背反性は馴致され、救われている。

三度目にミルドレッドと会ったときには街娼に淪落している。さすがの百年の恋も醒め果て、フィリップはただ憐憫だけで彼女と子供を下宿に引き取る。今度こそは金蔓を放すまいと懸命に媚態を演じて迫るけれど、フィリップは動じない。

肉体で愛を取り戻せないと思い知らされたミルドレッドは「ありったけの憎悪とありったけの毒を込めた一語」で「やい、跛足!」と叩き付ける。その後は、家財具類は言うに及ばす、あらゆるものを叩き壊し室内が廃墟となるような狂乱狼藉の跡。

思えばヒステリー女の器物破壊シーンを嫌というほど書きまくってきたが、やはり無意識的にインプットされていたのか。

「やってしまった後で考えてみると、なんだ、そんなことは永劫の昔から決ってたんだ、というふうにしか考えられない」と言い、「人生の危機に際して、思想などというものが本当に役に立つのだろうか」と疑い、「何か強い力で押し流されていた」とするフィリップだが、最終的にはそんな自然主義的決定論から解放され、ありのまま無心に生きようとする姿が描かれて、この長い物語は完了する。