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「たいめいけん」三代目シェフが明かす、ガングロチャラ男の矜持

第18回ゲスト:茂出木浩司さん(前編)

大人の遊びを知り尽くした伝説の編集者・島地勝彦が、ゲストとともに“男の遊び”について語り合う「遊戯三昧」。2017年最初の今回は、“顔が黒すぎる超チャラ男”でおなじみ、日本橋「たいめいけん」三代目シェフ茂出木浩司さんをお迎えした。茂出木シェフと島地との共通点とは――。

全身編集長vs.全身料理人

島地: おい、日野! 前にNHKで放送された「文豪から学ぶ辣腕編集長の生き様」を描いた名作ドラマとなんといったかな?

日野: なんですか、その白々しいフリは。自分大好きの島地さんが忘れるワケありませんよね。タイトルは『全身編集長』。モデルの辣腕にして剛腕な敏腕編集長は、我が師でもある島地勝彦氏……。こんなところでいいですか。

島地: おお、そうだった。それにしても『全身編集長』とはなんとも素晴らしいタイトルだな。別に自慢したかったわけじゃないぞ。今回のゲスト、茂出木浩司さんの著書にも「茂出木浩司は全身料理人である」と書いてあってな、これは絶対に気が合いそうだと思ったんだ。というわけで、今日はよろしくお願いします。

茂出木: こちらこそ。本の宣伝までしていただいて、恐縮です。でも自分、そんなにおもしろい話はできませんけど、大丈夫でしょうか。

島地: 風貌からして、ひと筋縄ではいかない雰囲気をかもし出しておいて、いきなり何をおっしゃいますか。茂出木さんといえば、日本橋の洋食店「たいめいけん」の三代目。生まれも育ちも日本橋の江戸っ子ですよね。

茂出木: はい。三越、高島屋、日本銀行本店のあたりは、子どもの頃のぼくにとっては庭同然の遊び場でした。

日本橋界隈ではまだ「ひよっこ」

島地: すごいですねえ。でも、その日本橋も今、再開発が盛んに行われていますね。商業施設や外国資本のホテルが立ち並んでいく様子を、ずっと暮らしてきた人たちはどう思ってるんでしょう。

茂出木: 古き良き日本橋の姿を大切にすべきだと、批判的に見ている人もいると思いますが、私の受け止め方はちょっと違います。

「たいめいけん」は祖父が昭和6年に創業した洋食店で、86年目を迎えました。洋食店としては老舗かもしれませんが、日本橋には江戸時代に創業した割烹や卸問屋がたくさんありますから、86年なんて、まだまだひよっこです。これから100年、200年と続いてこそ本物の老舗で、それには変化を受け入れながら、守るべきところは守る、柔軟な発想が必要です。

そんなわけで、私は日本橋界隈の変化も否定はしません。人も街も時間とともに変わるものだし、その変化の中で自分を見失わず、店を繁盛させ、発展させることを考えればいい。なんて、最初から偉そうな話になってすいません。こんなこと言うからいじめられるんですよね(笑)。

島地: いやいや、三代目がそれだけしっかりした考えを持っていれば「たいめいけん」も安泰です。ところで、幼少期はどんなふうに過ごしたんでしょうか。

茂出木: 小さい頃は、父親が商社や銀行に勤めるホワイトカラーの家庭がかっこよくて、そこそこ有名とはいっても、飲食店の息子なんて大してステイタスではなかったと思います。どちらかといえば裕福な家庭に育ったと思いますが、高校生の頃は店を継ぐことなんて一切考えず、「今日が楽しければいいや」という男でした。

島地: まあ、学生なんてたいがいそんなものでしょう。

茂出木: 実家がいくつか不動産を所有していて、そこから物件を選んで勝手に一人暮らしを始めたのも高校生の頃です。