週刊現代

「結婚差別」は、こうして再生産されてしまう

婚姻忌避を調査した本から分かったこと
武田 砂鉄 プロフィール
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既存の家族観や結婚観を保守しようとすれば、悪しき慣習がしぶとく芽を出し続ける。齋藤直子『結婚差別の社会学』は、結婚相手が部落出身者であることを理由にした「婚姻忌避」の実態を、聞き取り調査から解き明かしていく。

結婚差別の社会学

「なんであえて差別されるところにお嫁に行かなあかんのかな」と反対する親は、強烈な差別意識を持っているわけではない。「なんであえて」と言った後、「もっともっとすてきな人が出てくるかもしれない」と続ける。露骨な差別ではないと自分に言い聞かせるが、差別だ。その差別が当人を苦しめる。

 

「交際中の彼女が妊娠したが、彼が部落出身であることを理由に結婚を反対され、子どもは強制的に堕胎された」といった非道な事案も出てくる。結婚相手、その親、そして親戚、一つ一つのハードルをクリアしていく。

彼らは「集団で攻めてくる」などといった根拠などあるはずもないイメージを投じてくる人たちは、「暴力的な部落の側に差別される原因がある」のだから、「加害者の責任の解除をともなう」という考えすら持ち出す。

改めようともしない差別心を「お前は、世間の差別の厳しさを知らない」などと、人生経験に変換して更新する親たち。そこに「差別はいけない」と申し立てても、彼らは、自分には差別感情は無い、でも、世間にはそういう人が多くいるのだから、と常識人ぶって逃げる。繰り返すが、それこそが差別なのだ。

聞き書きで集約される痛切な吐露が、自分はそうは思ってないけど世間的にどうかと思うんだよね、という曖昧な差別心の積み重ねによって、差別が凝固した史実と現在を知らせる。

「正しい家族」を国が要請している。意外にも、個人がそれを甘んじて受け入れようとしている。多様性は大事だけど、私たちはちゃんとしたいんで、との選民意識が、男や親に対する「尊」を再生産させるのだ。

週刊現代』2017年6月24日号より

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