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日本のアパレルを殺した「戦犯」は誰なのか

一年で数千店舗が閉鎖している現実
杉原 淳一

販売員の使い捨て、という問題

それから10年近い時を経て、再び取材をする機会を得たわけだが、今振り返るとこの2つの出来事は、そのままアパレル業界が不振に陥った原因を証明するものだったように思う。

大手アパレル企業は1990年代後半ごろから中国での大量生産を加速し、それを百貨店やファッションビル、ショッピングセンターなど様々な売り場に供給することで売り上げを伸ばす戦略を取った。そこで捌き切れなかった商品は値段を下げられ、売る場所を変えながら、筆者が大阪で見たような「バッタ屋」まで流れ着くことになる。

「別ブランドなのにまったく同じニット」は、商社やOEM(相手先ブランドによる生産)メーカーに企画まで頼り切ったことによる、同質化の証左だったと言える。

多くのアパレル企業が、自分たちよりも格下だと勝手に思っていたユニクロの急成長や、欧州発のファストファッションの活躍を目の当たりにし、「大量生産体制を築き、安価な商品を出しさえすれば売れる」と見誤った。そして、中国への生産移転と、OEMへの依存を深めていったことが、今日の不振につながっている。

そこに百貨店、ショッピングセンターといった売り場の膨張や、販売員の使い捨て問題などが複雑に絡み合い、不振は深刻さを増していったのだ。

 

『誰がアパレルを殺すのか』を書き上げる際に腐心したのは、アパレル産業のサプライチェーンを構成する、川上から川下まで全ての関係者を取材し、その全体像を少しでも精緻に描くことだった。

アパレル産業の川上には織物や染色、縫製を手掛ける企業群があり、川中にはブランドを抱えるアパレル企業や商社、OEMメーカーがいる。そして、完成した商品を消費者に届ける百貨店やショッピングセンターなどが川下に位置付けられる。

例えば、川上の業者は自分たちの素材や技術が、どんな最終商品になってどこの売り場に並ぶのか、ほとんど知らない。それならば、取材する側も可能な限り川上~川下の人間に会い、その話を総合的にまとめなければ、問題の本質を捉えることはできないと考えている。

こうして不振の構図に様々な角度から光を当てる一方、書籍中では業界に前向きな示唆を与える存在として、大きく2つの勢力を取り上げた。IT(情報技術)を駆使した「外」からの勢力と、業界の「内」から生まれてきた勢力だ。

業界不振が叫ばれる中で、順調に成長を続ける彼らの経営姿勢は、過去からのしがらみや成功体験に捕らわれてはいない。