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ミスコピーで折れる心

大学のゼミがはじまる時間。今日発表担当のP君がなかなか現れない。教室がざわつきだしたころ、別の学生が、「先生、今Pから、コピー機が混んでてレジュメの印刷でちょっと遅れるってLINE入りました」と告げる。

……発表のときくらい不測の事態にも備えておけ、と一喝すべきか、あるいは、これが卒論提出なら即留年なのだがレジュメでまだよかった、くらいの嫌味で済ませるべきか、頭を悩ませつつ待つことさらに十数分、「先生!」、かの学生が大音声で再び報告に及ぶ。

「大量のミスコピーをしてしまい、心が折れたのでこのまま帰ります、って、Pから」

いかに繊細な心を持つ若者たちでも、さすがにこのP君の心のかぼそさには私とともに驚いてくれるのではないかと思う。そのときも、周りの学生たちの口からP君を責めることばは出てこなかったが、それは待ちぼうけを食わされた怒りよりも、呆れていたのだと思う。そしておそらく、P君のことが少し心配になった、これからどうするのだろう、と。

教員としても悩ましい。どうやってこの状況をフォローアップするか。この無責任ともいえる失態を一言も叱らずにいれば、示しがつかないだろう。しかし、そもそもP君は来週姿を見せるのだろうか。帰ったということは、みんなにあわせる顔がないということだろうから、もう十分に反省しているのではないか。いや、反省を超えてこのまま「折れた心」を抱えてどこかへ消えていってしまうのではないか。

とりあえず来週を待たず、事務所を通じて連絡してもらい、話を聞くことにして、結果ことなきを得た。当人はうまく言語化できなかったが、要はそのときパニックになってどうしてよいかわからなくなってしまったのだ。

このまま教室に行ったら必ずみんなから白い眼で見られる、嫌味なあの教師から叱られる、と思ったに違いない。その方がよほど自分の評価を下げることになることにまで思い及ばず、そのまま逃げ帰るしかなかった。つまり「心が折れる」とは、「心」の問題というよりむしろ一種の「思考停止」状態のことを言うのではないか。

どうすればそうしたどんづまりから抜け出せる、あるいはそもそもそこに陥らないようにできるだろうか。