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エンタメ 週刊現代

盗まれた美術を盗み返す「義賊」が現われた!小説『アノニム』の世界

まるで『ルパン三世』のようなエンタメ感

ニューヨーク近代美術館勤務やフリーのキュレーターなどを経て、人気作家となった原田マハさん。新作『アノニム』を書くにあたり『ルパン三世』イメージしたという。小説家としてアートを守り伝えていきたいと話す原田さんに、本作の読みどころを聞いた。

アートの世界で活躍する群像劇

―タイトルの『アノニム』は「作者不詳」を表すフランス語。盗まれた美術品を悪の手から盗み返し、しかも必要な修復を加えてあるべき場所に返却するという、本作の主人公たちが属する「正義の窃盗団」の名称です。

義賊みたいな存在がこの世にいたら面白いだろうな、という着想から始まった作品です。古いところだと鼠小僧とか、私が子どもの頃に好きだった『ルパン三世』とか。

ルパンだけでなく、次元(大介)や(石川)五ェ門、峰不二子や銭形警部といった、個性の際立ったキャラクターが集まり、アートの世界で活躍する群像劇のようなものをイメージして、思い切りエンタメに徹しようと、楽しんで書きました。

―リーダーの「ジェット」は台湾のIT長者で名うてのアートコレクター。ほかに日本人の女性建築家、サザビーズの花形オークショニア、敏腕美術修復家など、芸術に関わる人々の活躍が華麗に、かつリアルに描かれます。

彼らは世界各国で活躍している、さまざまなジャンルのアートのエキスパート。いずれもアートを守り、後世に伝えていきたいという強い意志を持った人たちです。アートに関わるさまざまな人の情熱を、この物語の中に込めたいと思いました。

コレクターについては、長くアートにまつわる仕事をする中でいろいろな方にお会いしましたが、彼らが持つ蒐集家の「性」のようなものがすごく面白かった。

あえてメンバーに入れなかったのはキュレーター(学芸員)とアーティストです。これまで別の作品で、たくさん書いてきましたので。

 

―本作で彼らの「獲物」となるのは、抽象表現主義を牽引したアメリカの画家、ジャクソン・ポロックの幻の作品「ナンバー・ゼロ」。謎のコレクター「ゼウス」一派とサザビーズ香港のオークションで繰り広げる熾烈な落札競争は、圧巻です。

ジャクソン・ポロックは20世紀に登場した芸術家の中でも、非常に特殊な立ち位置を持つアーティスト。もし幻の作品が出てきたとしたら、それはものすごく大きな価値を持つことになりますね。

ジャクソン・ポロックジャクソン・ポロック作「Reflection of the Big Dipper」

彼の作品をアイコンにしながら、美術史の大きな流れを読者の方に捉えていただけたらという思いが、まずありました。

オークションは、アートに経済的な価値を与える場。クリスティーズと、本作に登場するサザビーズの2大オークションハウス(競売会社)が年に2回、大きなセールをやります。

近年は投機筋がアートに食指を動かしているため、よくも悪くも競争はヒートアップしています。パドル(入札のためのボード)こそ上げませんでしたが(笑)、私も取材に行ったので、臨場感は味わっていただけるのではないでしょうか。

アート作品の「光」と「影」

―「ゼウス」から作品を奪取するため、「アノニム」は画家志望の香港の高校生・張英才に接触し、ある計画を立ち上げます。少年の夢や自己実現である一方、大人の欲望の対象にもなりうる、アートの立ち位置の複雑さが示されます。

純粋な芸術であるという光に満ちた面がある一方、アート作品はマーケットに出た途端に商品になり、そこには影の世界も生まれます。両者があって成立しているようなところがあり、作品がアーティストの手を離れた瞬間にまったく思いもよらない方向に行ってしまうこともあるのです。

ただ、マーケットに出て価値を見出せない限り、作品は知られることもなく消えてしまう。賛美や共感を受けるのもありがたいのですが、実は芸術家がいちばん報われるのは、買ってもらうことなんです。

小説家も、書店で買っていただくのがいちばんうれしいですから(笑)。そういう意味で、アートも小説も、見る人や読者を得てはじめて作品になるのだと思います。