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企業・経営

カルロス・ゴーン氏退任後の日産は「大躍進間違いナシ」

ゴーン・ウォッチャーが解説

ゴーン氏が日産社長を退任。こんな驚きのニュースが流れたのが2017年2月23日。強烈なカリスマ社長が去った日産はこれからどうなるのか。ゴーンウォッチャーを自認する自動車評論家、国沢光宏氏が、ゴーン氏の功績と日産のこれからを分析する。

取材・構成/平原悟

カルロス・ゴーンの「正体」

ゴーンさんが日産の社長になったのが2000年。今から17年前になる。当時のゴーンさんと言えば「コストカッター」と恐れられ、ドライなイメージしかなかった。実際、不採算部門をバッサバッサと処分した。村山工場を手始めに座間工場、荻窪工場も売却。売れるものは残らず売ったと言っていいだろう。

当時の日産は莫大な有利子負債を抱える一方で、多くの資産も保有していたのだが、日産自身ではそれらを手放すことは難しい状態だった。

ゴーンさんとしては資産を売却すると共に有利子負債を減らすことで、一日も早く健全な企業にしたかったのだ。結果的に驚くほど短期間で負債の削減に成功したわけで、まさにコストカッターの面目躍如と言うことか。

でも、ゴーンさんがやったことはそれだけではない。コストカットと同時にユーザーが楽しめるクルマ作りにも着手する。その代表が「新型フェアレディーZ」の開発であり、「GT-R」に対しても、糸目を付けずに開発予算を付けた。モータースポーツもやめなかったばかりか、徐々に拡大する。

カルロス・ゴーンカルロス・ゴーン氏 Photo by GettyImages

言うまでもなく自動車はイヤイヤ買うものじゃない。クルマを買うときは誰もが嬉しいし、選ぶ基準は、なるべく楽しくていいクルマである。そのことをゴーンさんは誰よりもよく知っていたのだ。

そこは、なんでもかんでも削った三菱自動車の益子修社長とは根本的に違う。三菱の場合、極端に言えば、クルマそのものまでが無駄と考えていた節がある。数が出ないスポーツモデルをやめ、モータースポーツからも撤退した。結果、なんのおもしろみもない会社に成り果てた。

当然、売れ行きが落ちる。慌てて燃費など実用性能で勝負しようと考えたが、それも一朝一夕でできるものじゃない。最終的には不正を働き、ドツボにはまってしまった。クルマを愛さない人が経営するとこうなる、という見本である。

 

あまりにも守りすぎた

話を日産に戻そう。

ゴーンさんの登場で息を吹き返した日産だが、2000年代の終盤には再び停滞期を迎える。リーマンショック以降の国内市場の責任者が、縮小均衡の人だったからだ。自動車作りに10割バッターはあり得ない。空振りもあれば三振もある。

野球と同じで3割打てば合格、4割なら歴史に名前が残るのが自動車業界なのだが、当時の国内経営陣は、空振りは許さない、まして三振など言語道断という考えだった。

当然、現場はどんどん萎縮する。球が来てもバットを振らなくなってしまった。振らなければヒットは出ないが、空振りもないからいいでしょう、というわけだ。

国内市場に投入する車種を絞り、開発コストはどんどん削られる。モデルチェンジと言っても既存のクルマにちょっとお化粧直ししたものばかり。

月の販売台数を200台に限定販売したスカイラインはその典型だ。200台という数字はこの業界では異様に少ない。

200台しか売らないため多額の資金は投入できないから、ほとんど米国仕様のまま国内に投入する。当然、人気は出ないが、元々200台しか作らないから怪我も最小限で済む。「あぁよかったね」と考えるのが、当時の国内トップ連中だったのである。こんなことを繰り返していればクルマがどんどん売れなくなくなるのは誰が考えても明らかだ。