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エンタメ 週刊現代

ミステリー作家の僕が恋愛小説を読みこんだワケ

乾くるみさんが選んだ「私の10冊」

ダメぶりを自分と重ね合わせて

僕はミステリーが大好きで、小説を書くときもまず第一にトリックや推理があって、次にストーリーがあるという順序。『イニシエーション・ラブ』を書いたときも、思いついたトリックを一番効果的に見せられるのは恋愛モノだと思い、あえて初めてのジャンルに挑戦しました。

とはいえ、書いたことがないのでどう恋愛を描こうか少し悩んでいました。そのときに思い出し、参考になったのが小林信彦さんの『背中あわせのハート・ブレイク』です。

小林さんにとって最初にして最後の恋愛小説といわれている作品で、僕が読んだのは20代の頃でした。当時は『世間知らず』というタイトルでしたね。この作品の主人公は女心がわかってなくて、押しが弱いんです。そのダメっぷりを、自分と重ね合わせながら読みふけったのを覚えています。

将来はミステリー作家になりたいと真剣に考えるようになったのは中学生のとき。その頃、もっとも影響を受けたのが松田道弘さんの『トリックものがたり』です。

この作品は手品やミステリーという枠組みにとどまらず、ヒッチコックや黒澤明監督の映画の撮影方法についても詳しく書かれている。というのも、映画とトリックには共通点があるんです。たとえば黒澤監督の『用心棒』のカット割りは、実は奇術のテクニックに通ずる点があったりと、目から鱗でした。

トリックものがたり

竹本健治さんの『匣の中の失楽』は高校2年のときに読み、後に文庫の新装版で解説を書かせてもらっています。密室殺人の謎を解くために、哲学、天文学、カバラ数秘術まで持ち出し、我々が存在するこの世界そのものの謎をも解いていこうとする。

匣の中の失楽

印象深いのは18世紀の数学者ラプラスについて語る章です。宇宙の事象はすべて因果律に縛られている。そして、もし全微粒子の運動を調べることができたなら、宇宙の生誕から消滅、人間が生まれてから死ぬまでに何を考え生きていくのかも全部わかってしまうという、壮大なスケールの話が出てくる。

興味は宇宙や物理へと広がり、講談社のブルーバックスシリーズにハマったのもこの頃ですね。

 

犯人の巧妙さに舌を巻く

光車よ、まわれ!』は小学校6年生のときに読んだ、ダークファンタジー小説です。平凡な小学生が、「この世界の裏側には、別の世界がある。悪と戦う仲間になってくれ」と友達から誘いかけられる。現実には存在しない環状九号線という道路が出てきたり、ある水路を小舟で進むうち知らない世界に入り込んでいったり。

40年以上前に書かれた作品ですが、不安を掻き立てる描写や、未知なる世界が眼前に拡がっていく展開といい、全く古さを感じさせず、いま大人が読んでも面白い。

光車よ、まわれ!

僕が中学生の頃は角川映画ブームがありました。映画化されていた『犬神家の一族』は、母親が原作の文庫本を買ってきてくれた。これがきっかけで僕は横溝作品にはまるようになりました。

「日本の生糸王といわれる犬神左兵衛翁が、八十一歳の高齢をもって、信州那須湖畔にある本宅で永眠したのは……」という冒頭もそうですが、作品全体にある重厚感に惹かれ、作家になるための勉強だと思い、一度文章を丸写ししようとしたことがありました。途中でギブアップしましたけどね(笑)。