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週刊現代

バブル崩壊で何もかも失った「あの紳士」のその後

財布には二千円しか入っていなかった…

長銀を潰した男の半生

「霊長類ヒト科最強」「神武以来の天才」―。昔から格闘家や棋士ら勝負師には、心躍るような通り名がある。約30年前、空前の好景気を舞台に莫大な金を動かした”バブル紳士”たちも例外ではない。

「最後の大物フィクサー」「北浜の女相場師」「浪速の借金王」「地上げの帝王」「マムシ」―一定の年齢以上の方であれば、この通り名と顔が一致するかもしれない。

【真説】バブル 宴はまだ、終わっていない』は、綿密な取材で「長銀を潰した男」と呼ばれた高橋治則の半生を解き明かす。最盛期には総資産一兆円の企業グループを率いながら、バブル崩壊後は「財布に二千円しか入っていなかった」と言われる男の人生が平凡であろうはずがない。

【真説】バブル

許永中や尾上縫に代表される通り、バブル期に桁違いの金を操った者の多くは、差別や貧困をバネに伸し上がっていったが、高橋はまるで違う。輸入物資を売りさばいて財を成した父のもと、慶応義塾大学から日本航空(JAL)へとエリートコースを歩む。

JALで出世の目がないと悟ると「サラリーマンは養殖ハマチ」と見切りをつけ、慶応人脈の同僚と貿易会社を設立。その後、父が社長を務める電子部品輸入販売の「EIEインターナショナル」に副社長として参加し、後にこの会社を中核として”一兆円企業”をつくり上げるのだ。

本書で指摘されている通り、高橋は「バブルを体現した男」と言っていい。カネ余りの時代、高橋は二つの信用組合と日本長期信用銀行(現・新生銀行)を財布にし、ゴルフ会員権、リゾート開発、株、絵画事業と、文字通り絵に描いたような「バブル事業」に染まり、会社を膨張させた。

「ハイアット・リージェンシー・サイパン」の買収は拍子抜けするほど呆気なく、それからハワイ、タヒチ、フィジーとシミュレーションゲームのごとく、高級ホテルを買い集めていく。

時価総額という目隠しの下、バブル期でも年商は数十億円程度だったといい、事業には芯がなかった。高橋は周囲に長崎の「平戸松浦藩主の末裔」と話していたが、取材班が現地に飛んで、この話が虚偽であることを突き止める。

「国家予算を動かしてみたい」「日本銀行は一万円札までしか刷れない。でも、私は一億円札が刷れるんですよ」という自信の裏に、虚像と政治家の影がちらつく。

本書は高橋が亡くなる五年前に上梓されている。バブル崩壊で何もかもなくした男は、投資顧問として復活の途上にあった。仕手戦の失敗で身を滅ぼした、大物政商の義父を間近で見ていた高橋は、最後に何を成し遂げようとしていたのか。