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広島カープ「未来の4番」堂林翔太を変えた大先輩のアドバイス

“プリンス”の覚醒は近い

バッターの成長度合いを知りたいのなら、年度別打撃成績表を見れば一目瞭然です。一流と呼ばれるバッターはほぼ例外なく年数を重ねるごとに出場試合数が増え、打点やホームランの数も伸びていきます。

ところが広島カープの堂林翔太選手は全く逆なのです。キャリアハイは3年目の2012年。144試合全てに出場し、14本塁打、45打点をマークしました。

当然、広島ファンは「未来の4番」と期待します。マスクも良く、プリンスと呼ばれるようになりました。

だが翌13年は105試合に出場し、6本塁打、41打点。14年は93試合の出場で8本塁打、28打点。15年の出場試合数は33にまで落ち込み、ホームランは1本もありませんでした。打点はわずか3。25年ぶりのリーグ優勝を果たした16年も47試合で2本塁打、2打点と振るいませんでした。

堂林選手が不振に喘いでいる中、広島には新しいスターが誕生しました。3歳下の鈴木誠也選手です。緒方孝市監督言うところの「神ってる」活躍で、昨季は打率3割3分5厘、29本塁打、95打点をマークしました。

その余勢を駆って日本代表にも選ばれ、今春の第4回WBCにも出場。今シーズンは開幕22試合目から4番に定着しています。堂林選手からすれば、もはや手の届かない存在になってしまいました。

8年目の変化

入団8年目の今季を迎えるにあたり、堂林選手には心に期するものがあったのでしょう。大先輩の新井貴浩選手に“弟子入り”し、鹿児島での護摩行にも参加しました。

堂林は変わった! そう思わせる打席がありました。

5月28日、東京ドームでの巨人戦です。結論から言えば、このゲーム、延長10回に決勝点を挙げた広島が3対2で競り勝ったのですが、堂林選手がこの日、4度目の打席に立ったのは2対2の9回表2死二塁の場面でした。

マウンドには剛球派のスコット・マシソン投手。一打勝ち越しの場面でしたが、堂林選手は3球三振に倒れてしまいました。最後は外角のストレート。審判によっては手をあげなかったかもしれない際どいボールでした。

堂林選手はボール球と判断したのでしょう。ストライク判定の後、審判に向かって悔しそうに何事かつぶやいていました。

昨年までの堂林選手なら、間違いなくバットのヘッドが回っていたでしょう。三振は三振でも見逃しではなく空振りだったはずです。

しかし、28日の試合では、打ちにいきながらも、自らの判断で見逃していました。追い込まれている状況では手を出すべきだとの意見もあるでしょうが、それではこれまでと変わりません。

というのも、セ・リーグのピッチャーの間で堂林選手は“ダボハゼ”扱いされていたからです。見境なく何にでも食いついてくるという意味です。

「追い込みさえすれば、あとは外の変化球。堂林は外のボールの見極めができない」

あるピッチングコーチの堂林評です。