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企業・経営 週刊現代

三菱UFJ銀行頭取「1年で退任」の全内幕

組織はこうして人を潰す

「プリンス」と呼ばれた男は、満を持してトップに立った。巨大組織の舵取りをする自信もあっただろう。だが、わずか1年で自らリングを降りた。何があったのか。サラリーマン頭取を襲った悲劇。

 

もう限界だった

その頃には小山田隆氏(61歳)の「変調」は、周囲にいる誰の目にも明らかだった。
5月18日に小山田氏が全国銀行協会(全銀協)会長として臨んだ記者会見。その場にいた三菱東京UFJ銀行関係者はこう振り返る。

「目が虚ろになっていて、見るからに辛そうでした。当時の睡眠時間はおそらく3~4時間。疲れ果てた顔をしていて、周囲は心配していました。ただ、実際の会見が始まると、最後の力を振り絞るかのように笑顔を見せて自分の言葉で話していた。

小山田さんは仕事に対して非常にストイックで、会見ではすべての質問に百点満点の回答をしないと気が済まないタイプです。

そのために大量の想定問答集をつくり、しかも『ペーパーを見たくないから』と、できるだけ暗記していました。会見が終わり、『先月の会見より良かった』と言われて喜んでいたんです。

でも、もう限界でした。実際には4月下旬に病院で診察してもらい、『長期療養が必要』との所見が出ていたようです。決算発表と全銀協会長としての会見をやり終えたところで辞めさせてもらいたいと言った。

本当に真面目な人ですから、自分で自分を追い詰めてしまったのでしょう。現在は入院しているそうですが、病状が本当に心配です」

5月23日深夜、日経新聞電子版が三菱東京UFJ銀行の小山田頭取退任の一報を打った。就任からわずか1年という「異例の退任」だ。全国紙経済部デスクが言う。

「寝耳に水でした。メガバンクの頭取は通常4年務めますからね。小山田氏は東京大学経済学部を卒業後、'79年に三菱銀行に入行し、長年、企画部門や大企業担当の営業部門などを歴任。若い頃から『プリンス』と呼ばれた頭取候補でした。

旧東京銀行や旧UFJ銀行との合併の際には、事務方の責任者として統合をまとめ上げた実績もある。親会社である三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の平野信行社長の信頼も厚く、来春には平野社長の後継としてMUFG社長に昇任するとも目されていた。

それがなぜ?各社が後追い取材をすると、小山田氏はメンタルに不調をきたしていることがわかったんです」