学校・教育 子育て

子どもを伸ばす「ほめ方」とダメにする「ほめ方」は大違い!

世代間連鎖を防ぐ子育て論(3)
信田 さよ子 プロフィール

中学校は卒業できましたが、高校には行けないまま、エミコさんは25歳になるまで自宅に引きこもっていました。弟はオリンピックには出場できなかったものの、有名大学の水泳部で活躍し就職しました。

弟が家を出たのも影響したのか、エミコさんは半年前からやっと外出できるようになり、カウンセリングにやってきました。

左手首には何本ものリストカットの跡が残っています。エミコさんは明るく言いました。

「これ、目立ちますか? リストカットのことなんか、母はまったく気付いてませんから。同じ屋根の下にいながら不思議でしょ」

「結果がすべてでしたからね、結果が出せなくなったらもう人生終わりだという考えから、やっと半歩踏み出せた気がしています」

親の欲望スイッチが入るとき

エミコさんは極端な例かもしれませんが、結果がすべての判断基準であるということは、そこから外れた存在にとっては、このように残酷この上ない世界なのです。

子どもが小さいころには、姿や言葉、すべてがいとおしくかけがえのないものだと思える親たちが、ある年齢から結果を追い求めていくようになるのはなぜでしょう。どこでスイッチが入るのでしょうか。

おそらく、「ふつう」であることからこぼれ落ちないように、自分が味わったような思いをさせないために、自分が求めても得られなかったものを子どもに達成させるために、といった数々の親の欲望が、そのスイッチを押すのではないでしょうか。

社会全体が「成果主義」的で「達成」を重んじるようになりつつある今、親だけは、子どもの姿勢や、一生懸命さをほめてあげたいものです。

「よくやったね」「ほんとにがんばったね」と言って、抱きしめてあげる。これにまさる報酬はないでしょうし、きっと報酬という表現を超える何かを与えると思います。

 

お金で子どもを操作する

さて、物質的報酬もよく見かけるものです。言うことを聞かせるために、「○○を買ってあげるから」という親は珍しくないでしょう。

子ども自身が「○○が欲しい」と言い募ることもありますし、お友達の持っている物を自分はなぜ買ってもらえないのか、と言うこともあります。

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ここで重要なことは、本来、物に対する要求は、それを得ることで広がる可能性と豊かになる世界の実現を意味しているということです。

それがいつのまにか、物を得るために必要な金銭の要求へとすり替わっていきます。子どもの要求は、「○○が欲しい」から「○○を買って」に変化していくのです。

中には、誕生日プレゼントを買う前に、子どもに何が欲しいかを言わせて、それを買ってプレゼントにするという親もいます。

まるで誕生日プレゼントというものが、普段買ってもらえない物を特別に買ってもらうためだけにあるようではないでしょうか。

プレゼントとは、親が何を選んでくれたかをドキドキして待ち、自分のために一生懸命何かを買って(時には手作りして)くれたことを実感するものだと思います。そこに金銭の寡多は関与しないはずです。

たしかに、お金があれば物を買うことも、行きたいところに行くこともできるでしょう。しかし、あくまでもお金は「手段」であり「目的」ではありません。親自身の価値観を、そのまま育児に反映させないようにしたいものです。