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人口・少子高齢化 世界経済

「資本主義の未来」の姿〜日本に残された最大の課題とは?

「グローバル化の先のローカル化」目指して

前回の議論を確認すると、現在は「グローバル化の終わりの始まり」の時代であるが、そうした方向には大きく二つの姿がある(参照「世界を正しく見るには、『グローバル化の終わり』という視点が必要だ」)。

一つはトランプ現象に見られるような「強い『拡大・成長』志向と一体となったナショナリズム」という方向であり、もう一つは、ローカルな経済循環や持続可能性への志向を基調とする「ローカル化」そして「持続可能な福祉社会」と呼ぶべき方向だが、国際比較も踏まえつつ、日本は後者のような社会を構想し実現していくべきということを述べた。

こうした点を、資本主義の進化あるいは経済構造の変化という視点からさらに掘り下げてみよう。

 

日本はどのように成熟してきたか

(図2)は、19世紀終盤つまり明治以降の日本における様々な社会資本の整備を見たもので、鉄道や道路などの社会資本が、徐々に普及しやがて成熟段階に達するという「S字カーブ」として示されている。

(図2)社会資本整備のS字カーブ
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最初に整備されたのは「鉄道」で、当時は"鉄は国家なり"と言われた時代であり、鉄道はまさにその国の"国力"を端的に示すものに他ならなかった。

前回の議論との関連で言うと、イギリスやフランスが先駆した資本主義や工業化の展開に「富国強兵」の理念の下で日本が必死に追いつこうとしていた状況と対応している。

それは言い換えれば、"黒船ショック"を受けたアジアの小国が、「世界資本主義」の巨大な波に巻き込まれていくプロセスでもあった。そうした時代を象徴するように、鉄道は東京などの都市部からやがて地方を含めて敷設されていったのである(="第1のS")。

続く"第2のS"の代表は、第二次大戦後あるいは20世紀後半の高度成長期を象徴する「道路」であり、もちろんこれは自動車の普及と重なり、また石油化学など関連諸産業の拡大とも一体のものだった。

そして高度成長期後半の"第3のS"になると若干色合いが変化し、廃棄物処理施設、都市公園、下水道、空港、高速道路など整備される社会資本も多様なものとなるが、これらも大方「S字カーブ」の成熟段階に達している。

ところで本稿の議論との関連で注目したいのは、以上のような(3つのS字カーブに示される)工業化時代の社会資本整備は、いずれも「ナショナル」な空間範囲に関わるものであり、国レベルの、あるいは中央集権的なプランニングにもっともなじみやすい性格のものだったという点である。

つまり、農業が基本的にローカルな性格であるのに対して、鉄道網の敷設や道路の建設など、工業化時代の社会資本整備はローカルな地域の範囲を越えるもので、一つの地域ないし自治体単独で計画したり整備したりできるものではない。

言い換えれば、工業化の時代における"経済の空間的ユニット"は「ナショナル」なレベルに親和的なのであり、自ずと中央集権的なプランニングや意思決定が重要となる。

日本について言えば、工業化を軸とする明治期以降の「拡大・成長」の時代において東京を中心とする集権的ヒエラルキー構造が強化されていったのは、このような背景から来るものだった(江戸時代の日本の社会構造が今よりもずっと分権的ないし分散的だったことはしばしば指摘される事実である)。

そして世界史的視野で見るならば、工業化あるいは資本主義化に先駆したイギリスそしてフランスは、まさにそうした中央集権化あるいは国家的統一において先駆した国だったのである(遅れて、半ば突貫工事のようにそうした集権化や国家的統一を図っていったのが"後発国"たるドイツやイタリア、そして日本であり、そこから派生する様々な矛盾もまた大きなものとなった)。

いずれにしても、工業化の時代を中心に資本主義と「国家」的集権化は表裏一体のものだった。