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週刊現代

悪魔に〇〇を売った男の悲しき末路~亡命作家のメッセージを読み解く

人間にとって一番大切なものはなにか

悪魔はこうして近づいてきた

アーデルベルト・フォン・シャミッソー(1781~1838年)は、現在ではドイツ・ロマン派の作家と見なされている。しかし、同人はもともとフランスのシャンパーニュ地方の貴族だ。従って、ルイ・シャルル・アデライド・ド・シャミッソー・ド・ボンクールというフランス名も持っている。

フランス革命による貴族への迫害を逃れ、シャミッソー一家はドイツに移住した。フランスとドイツの間で揺れるアイデンティティーの危機が『影をなくした男』にはよく現れている。

この作品の主人公ペーター・シュレミールは貧困に苦しんでいた。ある日、紹介状を持って大金持ちの邸宅を訪れるが、まともに相手にされない。その邸宅の庭にいた奇妙な灰色の服の男(実は悪魔)から、「あなたの影をゆずってくれないか」という奇妙な提案を受ける。

 

〈「ほんのしばらくのあいだでしたが先ほどご同席させていただいていたとき、実は―思いきって申し上げるのですが―それはそれは美しいあなたの影にうっとりと見惚れていたのでございますよ。

ところがあなたときたら足もとのご自分の影にはとんと無頓着なふうで、ちっとも目をやろうとはなさいませんでしたがね。はなはだ厚かましいお願いで恐縮ですが、いかがでしょう、あなたのその影をおゆずりいただくわけにはまいらないものでしょうか」

言い終わるやいなや男は口をつぐみました。私は頭の中で風車が廻るような気がしました。影を買いたいなんぞの申し出をどう受け取ればいいのでしょう? きっと気が狂れているにちがいありません。そこで相手の調子を受け流すかねあいでことさら気軽に答えました。

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「おやおや、あなた、どうなさったというのです、自分の影だけでは不足だってわけですかね。こんな奇妙な取引きは世に二つとありますまいよ」

男はすぐさま言いました。

「このポケットには、あなたに気にいるはずのものがどっさり入っておりますですよ。すてきな影をおゆずりくださるとあれば、どんな高値でもいといませんがね」〉

シュレミールは、金貨をいくらでも造り出すことができる「幸運の金袋」と自分の影を交換する。シュレミールは大富豪になるが、影がないということで社交界から受け入れられず、また自分が思いを寄せる人と結婚することもできない。