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世界経済

イーロン・マスクが抱えている「強迫観念」の正体

「ささやかな勝ちじゃ、ダメなんだ」

宇宙インターネットを火星のコロニーに――。我々をワクワクさせる構想をぶち上げたイーロン・マスク(前回参照)。いまテスラ、スペースX、そしてマスク自身に、大きな変化が起きようとしている。本格伝記『イーロン・マスク 未来を創る男』の著者が、マスクの最新動向を伝える。

ロケット爆発事故

すでに衛星を打ち上げるためのロケット会社を持っていて、資金も潤沢にある男がそこにいるのは確かだ。そんな男がどんな構想をぶち上げても人々は本気で耳を傾ける
だろうし、「あいつならきっと成功するよ」と期待するのも無理はないが、実は構想自体はうっとりワクワクするような話でもない。

むしろ、こちらがおめでたい状態になっているのだ。例えていうなら、三日三晩、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを初めて味わい、強い酒を食らってすっかりハイになっていたりすると、相手が誰であろうと絶世の美女(もしくは最高の二枚目)に見えてメロメロになってしまう。

マスクを見つめる世の人々は今そういう状態なのだ。もっとも、我々一般人にはめったに味わえないような宴であっても、マスク本人にとってはごく日常の一コマにすぎないのだが。

読者がこの補記を目にするころには、マスクが新たな動きを見せているかもしれないが、こればかりはわからない。悲しいかな、出版物の宿命で、毎週のように新しい話題を振りまく人物の動きを漏らさず伝える用途には向いていない。

本書が最初に世に出たのは2015年5月(邦訳は9月)のことだ。そこでこの場を借りて、初版発行以降のマスクの動きをまとめておこう。

まず宇宙インターネット構想は、今も進行中だ。小型衛星の製造・打ち上げ競争に関しては、ワイラーのワンウェブのほうがどの面から見てもスペースXを上回っているようだ。また、サムスンも宇宙インターネット事業への参入を決めている。

スペースXが宇宙インターネット事業にこだわるのは、同社の腕利きロケットエンジン・エンジニアのトム・ミューラーが衛星事業に関与するようになったことと無縁ではない。

複雑なシステムの開発でめざましい実績を残しているミューラーは、まさしく当代切ってのトップ・エンジニアの名にふさわしい。

新型高速輸送システムのハイパーループにもスペースXが絡んでいる。

2016年、同社がスポンサーとなって、車両に相当する「ポッド」の設計コンテストを開催し、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生チームが優勝している。今後、複数の大学チームには、スペースX製造のテストトラックでそれぞれが設計したポッドの走行実験の機会が与えられる。

 

実におもしろいことに、カリフォルニアのベンチャー企業2社が組んで、自前でハイパーループのプロトタイプを開発する快挙を成し遂げた。2020年までに実際に稼働するハイパーループを開発するという話もあり、この技術の応用対象が単なる都市間の旅客輸送にとどまらず、海を越えての貨物輸送にまで広がっている。

ハイパーループ構想が果たして現実のものとなるのか、実現したとしても費用対効果はどうなのか、いまだにはっきりしない。だが、どうやら実現の可能性はありそうだ。ただ、マスクが初めて構想を披露した時点では、実現性に疑問を持つ人がほとんどだった。

2015年6月、NASAの委託で国際宇宙ステーションへの物資補給ミッションを担ったスペースXだが、そのミッションの早い段階でロケット1台が爆発し、社内に衝撃が走った。

それまで同社は着実に打ち上げ実績を積み重ねてきたものの、専門家の間では、「スペースXの動きは性急すぎる」「あまりにリスクを多く負いすぎる」「統制の手順がお粗末」といった批判の声があった。

この爆発事故をきっかけに、同社に対する批判がにわかに真実味を帯びても不思議ではなかった。